第68話 カップラーメンの朝

 美化はベッドからゆっくりと起き上がる。すると体の異変に気づいた。


「カラオケ、はしゃぎすぎた……」


 昨日のメルヘン。初めてのひとりカラオケが楽しすぎて、踊りながら歌っていた。あまり普段から運動をしないので、ふくらはぎが筋肉痛になっていたのである。


 その筋肉をモーニングルーティーンのストレッチで入念に伸ばす。


「いて、いてて、いてて」


 とはいえ美化、決して運動音痴というわけではない。


 走れば50m7秒2。


 走り幅跳びは4m50cm。


 ソフトボールも投げれば30m近く飛んでいく。


 ただ、部活で運動に打ち込む、というのは美化の中で『ない』選択肢だった。


「よし!」


 まだ残る筋肉痛とともに1階へ。



 祖母は美化が降りて来たのを見て、ある物を手に取った。

 



「美化、本当にこれでいいの?」


「うん!」


「じゃあ、お湯を沸かすね」


 いつも朝食を取るテーブルの上にはカップ麺がのっていた。それは是露と初めて食べた、あの胡麻味噌ラーメンだった。実は昨日、宮古田カルチェの家からの帰り、KITAURAに寄って買ってきたのだった。


 そして祖母に伝えておいた。


 明日の朝は『これ』を食べると。その時、側にいた母は特になにも言わなかった。


 今のざわつく不安な気持ちを、あの時『幸せな気持ち』にしてくれたこのカップ麺で、少しでも落ち着かせたかったのである。


「いただきます」


 ズルズルッ、ズルズルッ!


(はぁ。是露先生。おいしいよ♡ 教えてくれてありがとう)


「カップラーメンなんてめずらしい。友達にでも教えてもらったの?」


「えっ? あーそんなとこっ。食べたことなかったし、試しにね!」


 祖母の当然の質問に軽やかに答え、『食事』と『心の充電』を同時に済ませた。


 そして、時刻は9時30分を回った。


「行きますかっ!」


 ヘアコロンを髪に馴染ませ、リュックを背負う。弾劾だんがい邪羅じゃらのサイン入りチェキも忘れずにコートのポケットに入れた。


 そして、宮古田カルチェ、金城かねしろルウラ、井戸上いどがみミサにLINEを送った。



[昨日はありがとうございました。是露先生のとこ行ってきます!]




「ひとりじゃないっ!」


 そう自分に言い聞かせて、美化は力強く玄関を開けたのだった。

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