第65話 別人

 そして日曜日の朝、美化は是露に会いに家を出た。


 是露の住むCherry blossomの場所は、ハッキリ覚えていた。8階……807……椿原。


 1週間前にあった胸の高鳴りはなく、不安と緊張のみが体を、心を、暗く包み込んでいた。



 ピンポーン♪



 インターホンを押すと、10秒ほどして玄関のドアがゆっくり開いた。



 ギィィィイィ……


「美化ちゃん……いらっしゃい。待ってたよ。入って……」


 なんだかこの前会った時よりも、是露の顔色が悪い気がした。


「お、お邪魔します……」


 入ってすぐに感じた……。煙のような臭い。今までに嗅いだ事がない変な臭いだった。


「あれ……? なんか変わった臭いしますね……」


 美化は恐る恐る是露に聞いた。


「そう? どうぞ……部屋入って……暖かいから……」


「は、はい……」


 部屋に入って驚いた。なぜなら、この前とは全く違う部屋になっていたからだ。


 ゲームもなければ桜のKIRIKABUのグッズもない。


 ただ部屋の中央にガラスのローテーブルがあり、その上には無造作に乾燥した葉っぱとパイプが置かれていた。


「先生……ゲーム……それと……桜の……グッズは?」


「あーあれ? もういらんでしょ? 美化たんに信用してもらうために急遽用意したやつだからね。桜のなんちゃら。もう忘れちゃったよ! 一夜漬けだったからさ、ハハハハッ!」


「えっ?」


「美化たんっ♡ 今日は気持ちいいこといっぱいしようね♡ 俺の事好きって言ってたもんね? なら当然エッチな事もさせてくれるって事だよね?」


「えっ、えっ?……ちょっ……」


「そういえばぁ……この前すごく気にしてたみたいだけど……これ?」


 そう言って是露はテーブルの上の乾燥した葉っぱをつまんで見せた。


「…………!!」


 美化は声が出ない!


「言ってくれれば吸わせてあげたのにぃぃ。……Zっ!! でもその前に……乳首吸ってくれる? アハハハッ!」


(…………! やっぱりそうだったんだ!! Zだった!! マジでやばい! 顔が別人になってる! あれ? 動けないっ! 体が! あれ? ど、どうして!? やめてっ!!)



 是露が美化のパンティーをずり下げた。そして、股間に顔を近づけてくる。


「JKの……たまんねぇっ!」



「やっ、やだっ! やめてっ!!」














「うわぁぁあ───んっ!!」




 美化は、怯えた声をあげながら目を覚ました。



「……はぁ、はぁ……ゆ、夢……? よかったぁ……」


 悪夢を見るのも仕方のないことだった。


 なぜなら今、17歳の少女の双肩そうけんに重くのしかかる問題は、あまりにも黒く、ゆがんでいたからだ。


 本来信じ、頼るべき存在である椿原是露と影山映莉。その2人を同時に猜疑さいぎしんを持って見なくてはならなくなってしまった。そのストレスは並大抵ではない。


 10年以上にわたり将棋というゲームの中で鍛えあげられてきた美化の精神力でさえ、悲鳴をあげるぐらいに。



「合谷……」



 ふと、呟いた合谷……。


 それは是露が連絡先を渡す際に美化に教えた万能のツボの名前だった。


「確か、肩こりだけじゃなくて精神安定にもいいって言ってたよね……」


 美化は左手の親指で右手の合谷をギュウっとと押した。


(やっぱり痛い……でもなんか落ち着くよ……是露先生……)


 気のせいでも何でもよかった……美化はざわついた胸の鼓動をとにかくしずめたかった。


「神様……是露先生が大麻なんて絶対にやってませんように……」




 美化は神に祈りながら安らかな眠りに落ちていった。

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