第62話 人としての力

 あまてらす鍼灸整骨院に向かうタクシーの中、改めてこの1週間の影山映莉を思い返していた。


(2月15日……是露先生の家に行く日の朝、おばあちゃんが言ってた鳩殺しのニュース。ミサさんが翌朝にはニュースになってた……って言ってたから、あのバレンタインの日の夜に影山は鳩を殺して公園に遺棄いきしたってことになる。あの雪降るバレンタインの日に……? あんなに是露先生のことで盛り上がってたのに?)






(あの時の影山が……あの夜に……)










「結局、雪はすぐ止んだね」


「そうだね。で、連絡先は? もらったの?」


「……もらいましたぁ〜♡」


「えー? いつもらったのか分からなかったよー!」


「手のツボの時……合谷の時だよ!」


「あっ! あの時っ!? うまいなぁ〜椿原先生。やり慣れてるな……」


「もー! やめてー!」


「あははっ。冗談冗談!」






(影山っ……! 嘘でしょ?)











「うん♡ 連絡先書いてある。あと……ちょっ、メッセージも書いてあるしっ!」


「えっ! 見せて見せてっ!」


「だめですぅ〜!」


「後で家でじっくり読むんだよん♡」


「あ〜! いいなぁ〜……」







(おいっ、影山ぁっ……!!)











「そうそうっ! どうだった? イケメン佐藤のマッサージ!」


「確かにみーちゃんの言うとおり神だねっ! ゴッドハンド! 肩が消えたみたいに軽くなったよ」


「さすが。イケメン佐藤様や……」


「でねでねっ! 私は佐藤先生の事……好きになっちゃいましたぁ〜♡」


「ぶっ! 影山氏っ! マジでっ?」


「うん♡ これからは1人でも佐藤先生を指名して来ようと思うよ」


「そっか……じゃあ、お互いがんばるっぺ!」


「んだなやっ! あははっ!」




(影山映莉っ……!)








 美化はスマホをポケットから取り出し、2月14日の影山とのLINEの履歴を確認した。



 2月14日 19:26

[椿原先生いい人だと思うけど、なにかあったら連絡してくれていいからね。LINEでも電話でも。とにかく楽しんできてね]





(是露先生とスーパーKITAURAで待ち合わせが決まって、それを影山に報告……その返事がこれ。19時26分……その後に? 鳩を? 信じられない。佐藤先生を好きになったって言ってたから、もう失恋の傷は癒えていたと思ったのに。やっぱりそんな簡単に万亀君の事を忘れられなかったんだね……気づいてあげられなかったよ。そして日曜はまるまる連絡なくて……影山から新しいスマホで連絡が来たのが月曜日の夕方……。学校から帰ってきてすぐだった……)








 2月16日 16:24

[みーちゃんごめんなさい。実はスマホをなくしちゃって。今これは新しいスマホから連絡してます]


[今日は学校休んでスマホ探したりしてたんだけど結局みつからず]


[で、椿原先生とはうまくいきそうなの?]


(この時はスマホをなくすなんて影山にしてはめずらしいなと思ったんだ……)


[返事がなかったから心配したよ。大変だったね。是露先生とは少しずつ距離を縮めていけたらいいと思ってる。趣味も合うし、一緒にいて楽しかったしね♪]


(で、Zの事は内緒にしたんだよね……影山には言いづらかった……で、この後なかなか返事が来なかったんだ……確か10分ぐらい経って……)



[キスしたの?]



(これがいきなり来たからびっくりしたんだ……どストレートだったから……)


[してないよ! でもハグはした♡]


[そうなんだぁ。キスはまだなんだね! 了解っ!]


(この了解の意味がよく分からなくて……なんかキスする為の秘策があるのかと思ったんだよね……だから)



[また、教えてねっ!]



(って、こんな返事したんだよね)



[ファーストキスだからね。大事にしないと♪]


[ファーストキスっ! 大事にするよ! 影山もねー]


[はーいっ!]



(これで終わり。至って普通のやりとり。でも次の日から学校で会う影山はなーんかボーっとしてて、いつもの影山の感じとは違ったんだよね。木曜日あたりから少しずつ元の影山に戻ってきて、金曜の帰りには『今度、家に遊びに来て』って話もした。今までそんなこと1度も言ったことないのに。振り返ればやっぱり今週の影山はいつもとだいぶ違ってた気がする。ただ単にスマホをなくしたショックで……としか思ってたけど……ミサさんの言うように、いつ警察が自分のところに来るのか怯えていたのかもしれない。影山……マジでどうして……?)


 美化は友達として、何も影山映莉に寄り添えていなかったのだと……ここにきて自分の『人としての力』のなさを痛感していた。


 タクシーが整骨院に近づいてきた。


「はあぁ」


 美化は大きく息を吐き、ポケットの中の1万円札を握りしめた。


 宮古田カルチェ、金城ルウラ、井戸上ミサ……その3人からは自分にはないものを感じた。それが『人としての力』なんだと美化は思った。


 それを、カルチェが働いて稼いだであろう1万円札からですら、もらおうと、さらに強く握りしめた。


 それほどまでに美化は今、自分の存在をちっぽけに感じていたのだった。


 そして整骨院に到着。


 その1万円札で代金を支払いタクシーを降りた。時刻は午前10時を過ぎていた。


「はぁ〜……」


 美化は深呼吸をした。


 ほんの数時間前の自分と今の自分。


 是露とのデートの後にも感じた見えている景色の違い。それほどまでに濃厚だった。宮古田カルチェの家での時間。


 ギリギリと、自分の中で心の発条ぜんまいのネジが巻かれる音がした。


 美化は朝、乗ってきた自転車の鍵を外し、そして窓際の是露に視線を向けることなく家に帰った。





 しかし……その姿を是露はしっかりと見ていたのだった。

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