第60話 それ、どういう意味ですか?

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……


 美化の心臓は体が揺れるほどに心拍数をあげていた。


 今、目の前で繰り広げられている光景が、まさに悪夢そのものだったからだ。


 井戸上ミサが手にしているのは間違いなく影山映莉のスマホ。


 そして、それを恍惚こうこつの表情で眺めているミサ。


 カルチェは呆れ顔でそれを鳩殺しの犯人のものだと言い、警察に提出すべきだと苦言を呈している。


(鳩殺しの犯人の? ふざけないでよ! それは影山の! あの影山のなんだよ! ありえないっ! 犯人の女が影山に罪をなすりつけるために、わざと盗んだ影山のスマホを現場に落としていったんだっ! そうに決まってるっ!)


 うるさい心臓をしずめながら、美化はそう結論づけた。


「ミサさん。みけちんと連絡先交換しなくていいんすかっ?」


「あぁ、そうだったね」


 ミサは影山映莉のスマホを寝室にある黒いボックスの中にしまい、自分のスマホを持ってきた。


 ミサのスマホは特に何の装飾もなく裸のままだった。


「よろしくな。美化」


「よろしくお願いします」


 美化は3人と連絡先を交換し終えた。


「あー私お腹空いてきたっす!」


 ルウラがそういった瞬間、美化の頭に朝食を作って待っているであろう祖母の姿が浮かんだ。


「あー忘れてた……」


 美化は家に電話した。


「あっ、おばあちゃん、美化だけど。ごめんね! ちょうど友達と会っちゃって……そう……うん、ご飯は帰ったら食べるよ。はい、は〜い」


 美化が電話を切ると、


「大丈夫だった? 急に連れて来ちゃったものね」


 申し訳なさそうに、カルチェが言ってきた。


「いいえ。大丈夫です。それにここに連れて来ていただいてほんとによかったです。皆さんに話聞いてもらえたし……」

(影山のスマホも見つかったしね……)


「ねえ! みけちんも食べる〜? パスタなんだけど」


 ルウラがキッチンから聞いてきた。


「え? いいんですか?」


「みんな食べるから、美化さんもよければどうぞ」


「ありがとうございます。なんか久々にお腹が空いてきました」


「ルウラ〜! いつもの私のソース、ストックあるか〜?」


 ミサが今日1番の大きな声を出した。


「あるっすよー! うにクリーム! みけちんはたらこでもいい?」


「あっ、はい! ありがとうございます」


 そして、4人はパスタで腹ごしらえをし終えた。



 ……しばらくすると、ミサは上着を着て、


「行ってくる」


 と言って外へ出て行った。


「ミサさんどこに行ったんですか?」


 奇妙な人物の行動に、美化は少し興味があった。


「ミサさんはお散歩が趣味なんすよ。朝と夜、時間はまちまちだけど毎日行くっすね。鳩殺しを発見したのも、お散歩中の話っす。1時間ぐらいは帰ってこないっすね」


「お散歩……? へぇ」


「美化さんどうする? 帰るならタクシー呼ぶけど……私たち少し寝るから」


「あっ、私も寝かしてもらっていいですか? 食べたら眠くなってきちゃいました……こたつも気持ちよくて……」


「どうぞ。じゃあ、タクシー代はここに置いとくわね。整骨院に行きなさいよ。自転車置いたままになってるんだから。帰りたくなったらいつでも帰っていいから。あとこれ鍵。閉めたら玄関の郵便受けに入れておいて」


「あっ、すみません。ありがとうございます」


 美化はこたつで横になった。


 すると、カルチェはスマホでしきりにLINEを送っていた。いわゆる指名客へのおはようメールだ。


 ルウラもカルチェにつられてLINEを送り始めた。そして2人は寝室に入り戸を閉めた。


 美化はこたつのぬくもりの中で考えていた。何とか影山映莉のスマホを奪い返せないものかと。


 ミサの気が変わり、警察の手にスマホが渡ったら、影山映莉は動物愛護法違反やら何やらの容疑者として捕まってしまうだろう。


 それは友人として絶対に許せない。なんとしても影山映莉を守ってあげたいという気持ちが美化の全身を駆け巡っていた。


 すると……



 ガチャ!



 玄関の鍵が開く音がした。


 井戸上ミサが帰ってきた。


(あっ、もう1時間ぐらい経っちゃったのか……)


 美化はゆっくりと体を起こした。


「お? 帰ってなかったんだ。で……2人は寝たみたいだね……」


「あっ、はい。私も一眠りさせてもらいました。そろそろ帰ろうと思います」


「そう。あっ、そういやは元気にやってるのかな? ふふ……」


 ミサのその一言に、怒りなのか恐怖なのか湧いてくる感情が分からないまま、美化はゆっくり立ち上がり彼女に言った。


「それ、どういう意味ですか?」


 その声は震え気味だった。

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