第59話 背筋が凍る

「だから、その男はやってないよ。どうだい? これで……そいつの疑惑は晴れただろ?」


 なんの根拠があって言っているのか分からないのだが、そのミサの発言には力があった。





「は、はい。よかったです……」


「ひょっとしてミサさん、犯人を見たって事ですか? その自信に満ちた顔は」


 カルチェがすかさず核心をつく。



「そういう事……。暗かったけど男か女かぐらいはわかった。あの日は『秘密の収集』もできてね、私は大満足だったわけさ」


「あー! あれ! やっぱり犯人のだったんですね!? まったく……警察に渡すでしょ普通……」


 カルチェは呆れ顔で言った。


「となると……残るはZっすね!」


 ルウラがお尻をかきながら言った。


「そうね……是露先生の家にあったのが本当にZなら……ひっぱたくところね」


「宮古田さんは……その場で問い詰めますか? やっぱり……」


「そうね。許さないかな? 本人も周りも辛いもの」


 カルチェのその言葉を聞いて、過去に麻薬に手を出してしまったミサが、さらにうつむき加減になった。


「でもみけちんは、それを言ったらその先生に嫌われると思って言えなかったんでしょう?」


「はい……そうです」


「私、分かるなぁ。みけちんのその乙女心……ひょっとして初恋!?」


「えっ?」


 美化は思った。


 この業種の人は皆、勘が鋭いんだなと。


「ま、まさか〜そんなわけ……」


「そうかぁ。初恋かぁー♡ いいな、いいなぁー♡」


(ま、負けた……)


「とにかく! 確認するしかないわ。その葉がZなのか何なのか!」


 カルチェは強めの口調で言った。


「も、もし、Zだったら?」


 美化がそう言いかけた瞬間だった。


「その事について美化にお願いがあるんだけど……いいかなぁ?」


 ミサが髪を掻き上げ、笑顔で言ってきた。


 その顔は少女のように可愛くもあり、不気味でもあった。


「な、なんですか? ミサさん」


 若干語尾が震えた。


「確かそのZかも知れない葉は……ジッパー付きのビニール袋に入っているんだよね?」


「はい。で、マジックでZって書かれていたんです」


「で、美化にお願いっていうのはさ。その葉が本当にZだったら、その袋だけサクッと持ってきて欲しいって事さ。中身はもちろん要らないよ」


「ビニール袋を? ですか?」


「そう。だめかな?」


 美化は意味がよく分からなくて、カルチェの顔を見た。


「さっき言ったでしょ? ミサさんの趣味よ。秘密の収集」


「はぁ……秘密の……」


「まぁ、ほんとに袋の中身がZなら、その袋ごと警察が押収するでしょうけどね」


「だからッ! そうなる前に! 袋だけはゲットしてきてな! 美化っ!」


「は、はい……」

(やべー、この人やべーしっ!)


「やったー! ヨッシャー!」


 ゴツめの指輪がいくつもしてある両手を握りしめて、ミサは喜んでいる。


(一体何がそんなに嬉しいわけ? このミサって人は、やっぱりお薬で少し頭がおかしくなっちゃったのかな?)


 自分は悩んでいるのに異様なテンションで喜んでいる井戸上ミサを見て、美化は若干の苛つきを感じていた。


「まぁ、袋を持って来なくてもいい展開になることを祈るわ。私も是露先生に犯罪者になって欲しくはないし。美化さん、明日行きなさいよ。是露先生の家」


「明日ですかっ?」


「そうよ。さくっと単刀直入に聞いてしまいなさい」


「単刀直入に?」


「それが1番よ。で、ここからよく聞きなさい。『Zじゃない』って是露先生が言ったからってそれを鵜呑みにして安心してはいけないわ」


「嘘の可能性?」


「そういうこと。だからZじゃないって答えたら……その葉っぱをちょっとでもいいから持って帰ってくるの」


「ま、マジですか?」


「ごまかすとしたら『煙草』とか言うと思うの。美化さんは煙草吸ったこともないし、知識もないから確認のしようもないからね」


「確かに……」


「ミサさんは実はその辺も詳しいからすぐに見分けはつく。なんといっても品種改良大麻だから、その見た目もあなどれないのかもしれない」


「そうなんですね。全く厄介なものを作るやつがいるもんですね」

(井戸上ミサ、いったい何者なのよ)


「よしっ。じゃあ、こんな感じでいいかしら? とりあえず連絡先を交換しておきましょう」


 カルチェがスマホを手に取ると、


「私もみけちんと交換する!」


 ルウラもスマホを手に取った。


「じゃあ、私もしとこうか……」


 ミサもスマホを取りに寝室に行った。


 カルチェは白にゴールドで派手にあしらわれたブランド物のスマホカバー。


 ルウラはピンクの花柄のスマホカバー。


 そしてミサが持ってきたスマホを見て、美化は愕然とした。 


「あっ! 間違えたっ。これはコレクションのやつだった! あはっ!」


 ミサが、そう言いながら手にしていたスマホは……


 キャラメル色の大人びたデザインのスマホカバー。


 そう……影山映莉のスマホ、そのものだった。


「そっ……!」


 美化はとっさに言葉を飲み込んだ。




『それ私の友達のです』




 危うく言うところだった。




 美化のとっさの判断は正しかった。


「いちいち見せびらかさなくていいですッ! それ、誰も羨ましくないですから! 鳩を殺すやつの落し物なんて。気持ち悪い」


「このスマホから漂う変質者のオーラの美しさが解らないかねぇ、君らには

〜!」


 ミサはとろけそうな目で影山映莉のスマホを見ている。


「分りませんッ! だからちゃんと警察に提出してくださいよ。そうすれば犯人なんてすぐ捕まるんですから」


 美化は、『背筋が凍る』という経験を今、初めてしていた。

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