第55話 うちくる?

 2月21日 土曜日 朝



 今日まで何気ない日々が続いていた。是露ともお薦めのテレビ番組を教えあったり、桜のKIRIKABUの動画について語り合ったりと、普通のやりとりを重ねていた。


 影山映莉も、しばらくはスマホを失くしたショックのせいか、時々ボーっとしている時もあったが、木曜、金曜あたりにはいつもの彼女に戻っているように見えた。






 昨日 2月20日 金曜日 夕方



「みーちゃん、明日はあまてら行かないの? 椿原先生指名でさ」


「えっ? あ〜明日は行かないよ。だいぶ具合もいいし! 将棋の勉強もしなくっちゃ! あ〜あと、久しぶりにまみーとお出かけもする事になっててさ!」

(ごめん……影山嘘ついて……)


「そうなんだ。いいね、お母さんと仲良しで」


「まぁ〜普通だよっ!」


「また今度うちにも遊びに来てよ」


「えっ!? 遊び行っていいの!? 影山んちっ!」


「うん。是非っ! 『春休み』ぐらいでもいいかなぁ?」


「全然いいよっ! 超楽しみっ!」


「私も楽しみにしてるね!」









 昨日の時点で、こんな会話もできるぐらいに影山映莉は元気になっていた。


(影山が自分ちに誘ってくれたのは嬉しかったなぁ。その頃にはこの問題も解決してくれている事を祈るよ……)


 美化はモーニングルーティーンを終え、ディープマリンブルーのコートに袖を通した。


「そんじゃ行きますかっ!」


 宮古田カルチェが来てくれることを

祈りながら美化は整骨院に向かった。


「まさか、あの宮古田カルチェを頼ることになるなんて……あんなにムカつく存在だったのにね……」


 自分の制服についたblack holeの香りに涙してすがるほど、宮古田カルチェを必要としている自分が不思議だった。でも美化は分かっていた。


 紛れもなく『棋士 都田千恵』への尊敬の気持ちが大きく影響しているという事を。




「はぁ、はぁ、つ、着いたっ!」




 美化、あまてらす鍼灸整骨院に到着。今朝は既に14人が並んでいた。その中に宮古田カルチェは……いなかった。


「やっぱ……いませんね」


 美化はとりあえず列に並んだ。


 もうじき整骨院の入り口の鍵が開く時間だ。



 ガチャン!



 7時30分になり鍵の開く音がした。


「はぁ……今日は来ないのかな……宮古田カルチェ……」


 イケメン佐藤が扉を開け、待っていた患者たちに挨拶をする。


「おはようございまーす! お待たせしました〜!」


 ぞろぞろと待っていた患者たちは整骨院へ入っていく。


 美化は入らずに入り口横のベンチに座った。そしてかたわらの灰皿を見ながらボヤいた。


「はぁ、煙草でも吸いたい気分だよ……来てよ〜」


 


 その時だったっ!






 コツ、コツ、コツ、コツ……








(えっ? この音っ!?)


 美化がその足音の方にゆっくりと視線を向けると、そこには黒のニットに小花柄のスカートを履き、黒のブーツでバキッときめた宮古田カルチェがいたっ!



「あらっ? 美化さん。今週も被ったわね。若いくせによく来るわね〜」



(キタキタキタキタキタキタァー!! カルチェ・宮古田キターっ!!)


 美化は何気に感動していた。


「あ、あのっ……!」


 そして、話しかけようと思った瞬間、宮古田カルチェは煙草に火をつけた。


「ふぅー……えっ? 何か言った?」


 バサバサまつげの大きい瞳で宮古田カルチェは美化を見た。


「あっ、いや、あのですね……」


「ごめんなさいね。先に指名書いてくるわっ」


 ちょっとだけ吸った煙草を灰皿に捨てて、宮古田カルチェは院内へ入って行った。



 そして3分程で戻ってきた。


「今日混んでるわねぇっ……ていうか美化さん予約表に名前なかったけど……書かなくていいわけ?」


 新しい煙草を取り出しながら宮古田カルチェは言った。


「今日はいいんです」


「ふ〜ん……じゃあ、なんで美化ちゃんはここにいるのかなぁ〜?」


 子供に聞くような言い方で宮古田カルチェは言ってきた。そして煙草を吸った。




「あなたに会いに……」




「ふぅ〜っ……えっ? ごほっごほっ!! あたしにっ!?」


「そうです」


「なに? 何か文句でも言いに来たわけっ!? 受けてたつわよ」


 宮古田カルチェの表情が少し険しくなった。それを見て美化は慌てて話し始めた。


「違いますよ! 相談というか……聞いてほしいことがあって……是露先生の事なんです……」


「ふぅーっ……是露先生の事? なーに? デート先にされちゃったかな?」


「いや、あ……」

(相変わらずの勘の鋭さだしっ!)


「ふ〜ん……そんな簡単な話でもなさそうねぇ。うちで話さない?」


「えっ!?」


「あたしのうち来る? 話聞くよ」


「あっ、あ、えーと……」


「まぁ、ちょっとばかし変なのが2人いるけど。さっ、行くよっ」


 宮古田カルチェは吸ってた煙草を灰皿に捨てて、待たせてあったタクシーへ向かう。


「あっ、は、はいっ!」


 美化は一瞬だけ戸惑ったが、宮古田カルチェの勢いに背中を押され、カルチェと一緒にタクシーに乗り込むのだった。

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