第54話 苛つく影山

「いってきます」


 美化は学校に向かった。


 内心、学校に行く気分ではなかったが、影山映莉の事が気になったので一応行く事にした。


 美化の心とはうらはらに、とてもいい天気で眩しい太陽がわずらわしかった。


 その日、影山映莉は休みだったのか……会えなかった。


(影山ちゃん、風邪でも引いちゃったんかなぁ?)


 そして、未だにスマホには返事がなかった。


(まぁ、影山の事だから大丈夫だとは思うけど、家でも知ってればお見舞いでもなんでもいけるんだけどなぁ……)


 実は美化、影山映莉の家に行った事がなかった。逆に影山映莉が美化の家に来た事もないのだ。


 もちろん、彼女の部屋がどんなものなのか見てみたい気持ちはあったが、互いに変に遠慮していたのだった。


 そんな今日ではあったが、土曜日の朝にはあまてらす鍼灸整骨院に行き、指名を書きに来た宮古田カルチェに再び会えないものかと考えていた。


「そう、うまくはいかないかなぁ」


 力なく……向かい風の中、美化は帰宅した。




 部屋に入り、所定の位置にスマホとカバンを置き、ふうっと溜息をついた……その時だった。


 ピコッ☆


 スマホの着信音が鳴った。


「あっ! 影山?」


 美化の予想は当たった。影山映莉からの連絡が来た。


[みーちゃんごめんなさい。実はスマホをなくしちゃって。今これは新しいスマホから連絡してます]


「えー!? それは大変だったね」


 ピコッ☆[今日は学校休んでスマホ探したりしてたんだけど結局みつからず]


「そういう事ね……でも『スマホを失くす』なんて影山にしてはめずらしいミステイクじゃない?」


 影山映莉のスマホは『キャラメル色』のスマホカバーで、美化もよく目にはしていた。


 利発な影山映莉によく似合う、大人びたデザインのものだった。


 ピコッ☆[で、椿原先生とはうまくいきそうなの?]


「きたね〜影山さん」


(さすがにすべて正直にとはいかないし……とりまZの事は内緒にしとこ)


[返事がなかったから心配したよ。大変だったね。是露先生とは少しずつ距離を縮めていけたらいいと思ってる。趣味も合うし、一緒にいて楽しかったしね♪]ピコッ☆


「ふぅっ」


 なかなか返事が来ない。


「新しいスマホ……調子出ないのかなぁ?」


 すると、10分経ってようやく返事がきた。




 ピコッ☆[キスしたの?]




「え? え〜!?」


 影山映莉の返事に美化は驚いた。


「影山先生、随分と溜めるじゃないの。でもね、残念ながら……まだ」


[してないよ! でもハグはした♡]ピコッ☆


(……ゆってしまった♡ 恥ずっ!)


 ピコッ☆[そうなんだぁ。キスはまだなんだね! 了解っ!]


「なに? 『了解』って? なんかキスするのに影山の秘策でもあるん? じゃあ……」


[また、教えてねっ!]ピコッ☆


 ピコッ☆[ファーストキスだからね。大事にしないと♪]


「た、確かにそうだね……」


 影山映莉の『ファーストキス』という、恥ずかしながらも神聖な言葉の響きに、納得した美化であった。


「さて、土曜日まではとにかく! 宮古田カルチェに会えた時の事を考えておかなくちゃ。真剣に話を聞いてもらえるように。……あっ! 影山に返事しなきゃ」




[ファーストキスっ! 大事にするよ! 影山もねー]ピコッ☆








[はーいっ!]ピコッ☆



















 バンッ!
















 影山映莉はそう美化に送信すると、新品のスマホを投げるように机に置いた。



「はあああっー!!」



 そして大きく溜息をつき、ソファーに座った。


「すぐに取りに戻ったのに……なんでないわけッ!? 全く意味がわからないっ……! あーもうっ!!」


 苛つき気味に唇を噛み、右手で頭を抱えていた。

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