第51話 言っちゃった
「はぁ、おいし……♡」
「おいしいよね?」
是露は冷たいままのお茶をゴクリお飲んで言った。
「美化ちゃん、そろそろ帰る?」
「そんなに帰って欲しいんですか?」
「いやいやっ! そうじゃなくて! ただもう暗いから心配なだけで……」
「小学生じゃないんですから大丈夫ですよ。そんなに心配しなくても」
「そうね。じゃあ! さくらぶのDVD見る? こないだ出たばっかのやつ! 美化ちゃんも買った?」
「ううん! まだまだ! 買ってない! 見たい見たいっ♡」
「よーし! では再生してしんぜようっ! 12月23日、ショコラ公会堂、
「わいわーい!」
(今の「いっくぞー!」って、
部屋にファンの声援と桜のKIRIKABUの曲が流れ始めた。
『うおおおおおおおおぉぉ〜!!!』
『きゃあぁぁあー♡』
美化も是露も画面に釘付けになった。そして自然と立ち上がり、踊り出し、歌い出した。
「来たー! あいすたんとルビーたんのユニット! 『ブルーマーブル』♡」
「おー♡ 邪羅様といばらのユニット! 『狂気の惨劇』もヤバい! ヤバい!! 邪羅様ぁー♡」
ファンというのはDVDでもかなり盛り上がることができる。気づけば、とうとうラストの曲になっていた。
リーダーの
『本当に最後の曲になります。みんなね、毎日あほみたいに辛くて、しんどくて、なんで自分だけって、泣ける時もあると思うよ。でも、負けんなとか、立ち向かえとか、そんなことあーしは言わんよ。あーしが言えるのは、全部さくらぶが受け止めてやるってこと! 側にいてやるってこと! お前ら全員!! さくらぶに飛びこんでこぉおいやぁぁぁあ!!』
『うおおおおおお────っ!!』
『マシンガンっレインっ!! いっっくぞぉぉぉおっ!!!』
『キャ──!! 玉姫─っ!!』
アンコールのラストの曲
『マシンガン・レイン』
それは、2人がさくらぶのファンになるきっかけとなった悲しみに打ちひしがれる者への応援歌。
「うわぁ! ラスト、マシンガンレインなんだぁー!!」
「そうなんだよぉ! 最高でしょ?」
「はいっ♡ めちゃ上がりますねっ!」
そして2人は1時間半、さくらぶを満喫した。
………ウィーーーン
DVDはすべてを再生し終え、止まった。
「美化ちゃん。どうぞ」
是露は冷たい日本のこころ茶を美化に渡した。
「ありがとございます」
2人はお茶を片手にペタンと座りこんだ。
「ほんとーに楽しかったよ! 今日は来てくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ、めっちゃ楽しかったです」
5分ほど休みながらさくらぶの話をして、美化は帰り支度を始めた。
「よし! 忘れ物なしっと」
「大丈夫ね? じゃあ下まで送るよ」
「寒いし〜玄関でいいですよっ!」
「そお? じゃあエレベーターまで」
そう言って2人は玄関へ。
美化は靴を履いた。
目の前には玄関のドア。これを開ければ今までの夢の時間は終わりを告げる。美化は思い返していた。是露に抱きしめられた、あの時間。
ほんの1分足らずの、あの時間。
胸が熱くなる。心拍数が上がる。息が乱れる。手先が震える。
我慢できないっ!!
ハグっ!!
クルっと振り返ると美化は是露の胸に飛び込んだのだった。
「先生、好き……」
(はあ、言っちゃった……♡)
「美化ちゃん。うん、俺もだよ」
是露は美化の頭を優しく撫でた。
さくらぶのDVDで盛り上がった是露の体からは、ほんのり汗の匂いがした。それを美化は思いきり吸い込み、ゆっくりと離れた。
「じゃあ、行きます」
玄関を開けると外は夜になり、冷えこみが増していた。しかし、美化は寒くなかった。冬の寒ささえも、今は愛しく感じられる。是露との時間の温かさがより分かったからだ。
エレベーターは5階に止まっていた。美化は優しくボタンを押す。すぅっとエレベーターが上がってきて開いた。美化はおしとやかに乗りこんだ。
「じゃあ、是露先生。また連絡しますね。おやすみなさい」
「俺もするよ。気をつけてね。おやすみ!」
お互いに笑顔で手を振った。
エレベーターが閉まり1階へ降りていく。地上に降り立った恋する乙女は、下から8階を見上げてみた。
すると、是露が下を見ながら手を振っていた。それに答えるように美化も大きく手を振った。そして自転車に乗り、帰っていった。美化が見えなくなるまで是露はその場にいた。
そして……
「これは隠しきれないかもな……」
ガチャン!
そう呟いて部屋に戻っていった。
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