第49話 0cm

 その是露に美化もついていく。


「え〜♡ 何があるんですか〜?」

(おすすめってなになに?ドキドキ♡)


 是露がキッチンカウンターの端の扉を開けると、そこには『カップ麺』がいくつも入っていた。


 しかも、ほぼ全部同じものだ。


「ぷぷ〜! 超ウケるぅ〜!(笑)」


 美化は手を叩いて笑った。


「じゃーん!!」


 是露はキッチンカウンターの上に2つ、そのカップ麺を置いた。


胡麻ごま……味噌みそ〜?」


「そう! 胡麻味噌らーめんでーす!これが美味しいんだよっ!」


 是露はポットに多めの水を入れ、スイッチを押した。


「ひょっとして、さっきKITAURAで買ったのって?」


「そうそう、これこれ!!」


「これ、朝かお昼にも食べたんじゃないんですか? 来た時テーブルにカップ麺の容器のってたしっ!(笑)」


「あー、あれは朝食べた醤油味っ!」


「どんだけカップ麺好きなんですか!(笑)」


「いや、お恥ずかしい……」


 実は美化、カップ麺を食べた事がなかった。父も母も美化には食べさせないように育てていた。


 そんなんだから美化も、なんとなく体に良くないのかな?みたいな感じに思って、手に取った事もなかったのだ。


 しかし、今、目の前にいる愛しの男はカップ麺をおすすめだといい、湯が沸くのを楽しみに待っている。


 美化にはとても新鮮な体験だった。


「まだかなぁ〜♪」


 是露がポットを眺めている姿を見ていた美化だったが、ふと視線をずらした時に視野に入った部屋の戸の取手。


 よく見るとがべっとりと付着していた。


「是露先生……こっちの部屋は?」


「……えっ? ああっ、そっちはぁ〜物置だね。汚いから……絶対に開けないでね……」


「はーい……」

(物置か……なにがあるのかな? 見てみたいけど……プライバシーを侵害してはいけないね。うん)


「よっしゃあ……!」


 是露は2つの胡麻味噌らーめんに、お湯を注いだ。


「じゃあ、美化ちゃん、ひとつ持ってね〜! 気をつけてね〜!」


「は〜い♡」


 2人はカップ麺を持ってテーブルに移動した。


 是露は床に置いてあった、砂時計を逆さまにしてテーブルに置いた。


「この砂が全部下に落ちたら3分だからねっ!」


「へぇ〜♡」


 美化は砂時計も初めて見た。


 サラサラ落ちる砂を眺めながら、カップ麺ができるのを待つ。


 美化はなんとも言えない幸せに包まれていた。


(しかし、初めて家に呼んだ女子高生にカップ麺を出すあたり……マジでなんも気取らん人や♡)


「おっと! そうだそうだ!」


 是露は慌てて冷蔵庫からなにかを取り出し、レンジに放り込んだ。


「美化ちゃん、ごはんは……いらないか。さすがに……」


「食べますっ!」


「おっ! いい返事っ! たくさん食べる子好きよっ!」


 是露はそう言いながら茶碗を2つ出して、保温されてたご飯をよそう。


「3分経ちました〜!」


 砂が全部落ち切ったのを見て美化が言うと、


「はーい。もうすぐレンジのもできるからねぇ〜!」


 そう言って、是露はご飯をテーブルに置いてからレンジの前に行き、


「あと10秒〜」


 と、言った。


(なになに〜? あとなにが出てくるの〜♡)


 美化はワクワクが止まらない。


 ピー、ピー、ピー、ピー。


「できた、できた!」


 是露は、それを皿に移し替える事もなく、プラスチックのトレーのままテーブルに持ってきた。


「あちちちちっ! よいしょ! これも意外においしいんだよっ!」


「なんですか? これ?」


小籠包しょうろんぽうっ!」


「小籠包? 私、大好きですぅ!」


「ならよかった。じゃ、食べよ!」


「はいっ!」


 ズルズルっ、ズルっ!


「あ〜! やっぱうまいっ!」


 是露の笑顔を見てから、美化も人生初のカップ麺を口にした。


「いただきます……!」


 ズルズルっ!


「うわっ! おいしいっっ!!」


「ねっ? これがNo.1だからっ」


 もう美化は体に良くないとか全く気にならなかった。逆になんで今まで食べなかったんだろう、とさえ思った。


「このラーメンにこの小籠包がマジで合うから。そこに米……ヤバいよ」


 是露がドヤ顔で言った。


 美化は小籠包を口に入れた。


 中のスープが飛ばないように気をつけたが……たいして入ってなかった。


「はいっ! そこで胡麻味噌スープ!」


 是露に言われるがまま美化はスープをすすった。


「こ、これは!? 美味おいしまるっ!」


「だしょ〜? やっぱこれなのよ!」


 是露は最高の笑顔を美化に見せた。


「ほんっと、おいしいっ! 実は私、初カップ麺なんですよぉ!」


「えっ……? そうだったの?……それは面目ない……」


「な、なんで? おいしいって言ってるじゃないですかっ!」


「いやぁ……カップ麺、食べた事ないって……普段から親御さんが食事に気を配っているからだろうし、なんか申し訳ない気分に……」


「もうっ!! 怒りますよっ! そんなん関係ないですからっ! 私は今すごく楽しいんですっ!」


「そ、そうなの?」


「そうですよっ!! 先生が淹れてくれたコーヒー、作ってくれたカップ麺、それと一緒に食べると最高においしくなるスープの入っていない小籠包! 今まで飲んだ、食べた、どれよりも幸せな味がするんですっ。だから、申し訳ないとか思わないで下さい!」


「そっか……『幸せ』か……俺が…? 美化ちゃんを?」


「そうですよっ! 今めっちゃ幸せですよっ! だから……」



 美化がそう言いかけたその時だった!




「美化ちゃん……っ!!」




 ガバッ!




 そう言って是露は美化を引き寄せて抱きしめたっ!!




「うわぁっ……」




 美化はびっくりして大きな声が出そうになったがこらえた。


「ぜ、是露せんせっ……?」


 是露は無言で、ぎゅうっと美化を抱きしめ続けた。


 美化は、この 0cm の距離にいる男の事が本気で好きなんだと……今、実感していた。


(抱きしめられて分かるんだ……だから抱きしめあうんだ……♡)


 美化も是露の背中に腕をまわし、抱きしめ返した。


 この時間が1分程続いた。


 そして、是露がゆっくりと美化を離した。


「いや、お恥ずかしい……! つい、感情的になってしまって……ごめん」


「大丈夫です。びっくりしたけど大丈夫ですっ!」


 美化は心臓バクバクだったが努めて落ち着いて言った。


「はぁ〜……」


 是露はキッチンへ行き、水をガブ飲みしていた。


 その時、美化が見ていたのはその是露の姿ではなく、テーブルの上に無造作に置かれたジッパー付きの半透明の袋だった。


 中身は乾燥した葉のようなもの。


 そして、その袋にはマジックで『Z』と殴り書きされていた。


(品種改良大麻Z……是露先生なんで? こんなもの隠しといてよっ!)


 もうなにを見ても好きな気持ちに変化は起きない。美化は是露のプライバシーは侵害しないと決めた。


 それほどまでにもう、失いないたくなかった……椿原是露という男の事を。


 頭の中に蘇る。昨日の朝、宮古田カルチェの言った言葉。












『あの男はね、あなたが思ってるような、ただの優しいお兄さんじゃない……って事よ』














「宮古田カルチェ……あなたの勘、冴えてるよ……」


 美化は小さく呟いた。

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