第45話 インスタントコーヒー

「私もそっち行っていいですか?」


「ははっ。どうぞ、どうぞ。なんもないですから」


 美化はラグから立ち上がりスリッパを履いた。


「あっ、ひょっとして先生。私が愛朱あいすたん推しと知ってこの色のスリッパ用意してくれたんですか?(笑)」


「ははっ。バレたかっ! 一応、ディープマリンブルーを探してみたんだけど、それしかなくて」


 是露はポットに水を入れてスイッチを押した。


「すごーい! わざわざありがとうございますぅ♡」


「いやぁ、でもディープマリンと言うには、ちょっと色が薄かったかな……」


「ううんっ! そんなことないですし。探してくれた事が嬉しいです〜♡」


「ははっ! なら探してよかったな♪」


 そう言って是露は戸棚からマグカップを2つ出した。そして、そこにスティックタイプのコーヒーの粉を入れて湯が沸くのを待っていた。


「これ意外とうまいんだよ」


「そうなんですかぁ?」


 実は、美化の家には多彩なコーヒーメニューを楽しめる、最新鋭の抽出システムを搭載したコーヒーメーカーがある。


 母がよく朝に飲んでいるコーヒーは

それで淹れたものである。


 その味を美化も気に入っていて、たまに将棋の勉強中に飲むことがある。


「おっ! 沸いた沸いたっ」


 是露は湯をマグカップに注ぎ始めた。


「お湯の量がね〜……大事なんだよ」


「おいしく淹れて下さいねっ!」


 美化はマグカップにお湯を慎重に注ぐ是露の姿がかわいくて仕方なかった。


(なんなの、この人っ♡)


「できた〜。さっ、テーブル行こ」


「はいっ♪」


 2人はラグに座りコーヒーを飲んだ。


「あちっ……渕山さん、熱いから気をつけてね!」


「はい! 大丈夫ですっ」


 もちろん家で飲むコーヒーの方が、香り高く味わい深いのだが、是露の淹れてくれたこのインスタントコーヒーが、美化はたまらなく愛しく、おいしかった。


「はぁ♡ おいしい……」


「よかったぁ。ねっ? 意外とおいしいでしょ?(笑)」


「今まで飲んだコーヒーの中で1番おいしいかも知れないです」


「ははっ。なに言ってんのっ!」


「ほんとだもんっ♡」


 美化は精一杯かわいく言った。


「ほんと、渕山さんっていい子だな。初めて残ネルの話をした時からそう思ってたよ」


「ねぇ……是露先生、もうそろそろ、渕山さんって、やめません?」


「えっ……?」


「こうっ……美化ちゃん、とか。あっ、影山は、みーちゃん……とか呼んでますけど」


「あっ、あぁ〜、そうだねっ。分かった! んじゃあ……み、みけちゃん?」


「うんっ」


「美化ちゃんっ!」


「はいっ!」


「はははははっ♪」「あはははっ♪」


 2人で笑った。


 そして美化は少し冷めたコーヒーをひと口飲んだ。


 マグカップをよく見ると、黄色い小鳥とハートがカップ全体に散りばめられているデザインだった。


「かわいい……」


 そう言いながら心の中では、何人のひとがこのマグカップでこのコーヒーを飲んだんだろう?なんて事を考えていた。


 その瞬間、なんだか自分がちょっと大人になった気がした。


 それと同時に、宮古田カルチェの時にも憶えた嫌な胸の締めつけも感じていた。


「あー、そのマグカップも、スリッパと一緒に買ってきたんだ。かわいいでしょ?」


「……!!」


 美化は心の中を読まれたみたいな気がしてビックリした。


「そ、そうなんですかっ? うん、かわいいっ……」


 そう言って、マグカップをテーブルに置いた。


 是露は美化の微妙な表情で気づいていた。


 嫉妬していると……。


 なので咄嗟とっさに声をかけたのだった。置いたマグカップの底の部分が少しだけ欠けているのは内緒である。


 椿原是露、28歳。


 それなりに恋愛経験はある。


 さすがにこの歳になって女子高生とこんなに仲良くなるとは思ってはいなかった。


 久しぶりに、本当に時間を楽しんでいた。ゲームでも桜のKIRIKABUでも埋まらない部分はあった。それを簡単に美化が埋めてくれている……そう感じていた。


「美化ちゃん、ありがとう……」


「えっ? なぁに? 急にっ♪」


「あっ! あぁ〜……チョ、チョコ! あのチョコ凄いねっ……!」


 つい、心の声を口に出してしまったがうまく誤魔化した。


「チョコ? うにべるすのやつねっ♡」


 2人の楽しい時間は続く。

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