第43話 到着、Cherry blossom

 走り出して美化はすぐに気づいた。是露の自転車がだいぶ錆び付いている事に。


 是露がペダルをこぐ度に『ガリガリ』と音がするのだ。


「先生っ! 自転車だいぶ朽ちてますね!(笑)」


「あはは。ねぇ。まだ2年しか乗ってないから、もうちょっと頑張ってもらわないとっ!」


 ガリガリ……ガリガリリ……


「2年でっ……?」


「はーい。ここ、右に曲がるよ〜」


 ガリガリィッ!


「あっ、はいっ!」


「職場の自転車置き場、屋根がないから……たぶんそれでかなぁ〜、雨の日は1日中、あまざらしになっちゃうから」


 ガリガリッ……


「屋根? そうなんですね〜」

(あまてらす! 今すぐ屋根つけてあげてーっ!)


 そして、是露のガリガリ自転車に着いて行く事10分。えんじ色のレンガ風の壁のマンションに到着した。


「は〜い! ここだよ〜」


「こ、ここですか〜」

(つ、着いちゃったしっ……!)


「渕山さんの自転車はここに止めていいからっ」


「あっ、はいっ」


 2人は自転車を止めてマンションへ入って行く。


「このマンション、Cherry blossomって名前なんだよ」


「チェリーブロッサム? 桜ですね!」


 是露はエレベーターのボタンを押した。


「そう。いい名前でしょ?」


「いいですね。桜」


 スゥっとエレベーターが降りてきて静かに開いた。


「どーぞ」


「はいっ」


 美化は先に乗り、奥にかわいく立った。是露はエレベーターの階数ボタンの前に立ち、8階のボタンを押した。


 エレベーターが8階を目指して上がり出した。いやおうにも緊張が高まる。


 2……3……4……


 2人ともあえて会話をしない。狭いエレベーターの中に、美化のヘアコロンの桃の香りが仄かに香っていた。


 8階に着いてエレベーターが開いた。


「じゃあ、こっちね!」


「は、はい」


 美化は是露にトコトコ着いて行く。


 807の前に来て是露はダウンのポケットから鍵を取り出した。


 807の下には【椿原】の表札。


 それを見て美化は改めてドキっとした。


(ついに、是露先生の家に来たんだ……ド、ドキドキするっ……♡)


「たいして綺麗じゃないけど。あがって〜!」


「はいっ!」


 キィィイ……


 是露は玄関のドアを開けた。是露に続いて美化も入る。


「お邪魔しま〜す……」


「はい、どうぞ〜」


 是露は『紺色のスリッパ』を出した。


「あっ、ありがとうございます」


 履いた瞬間分かった。


(これ、新品だ! 私の為に用意してくれたんだ♡)


 美化は自分の靴を揃えながら玄関を見た。


 ビニール傘が1本無造作に置いてあり、靴も是露が今履いてた白いスニーカーだけだ。


(他の靴はちゃんと下駄箱にしまわれているみたい……やっぱり綺麗好きなんだね、是露先生)


 玄関に入って右手にトイレとお風呂があり、洗濯機もあった。


 そして正面、奥の部屋のドアを開けながら、


「ささっ、入って入って! 暖かいから」


 と、是露は言った。


 僅かな緊張感の中、美化は部屋に入るのだった。

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