第41話 出発前


 くうっ……



「お腹空いてる……」


 昨晩、恋患いであまり食べられなかった分、今朝は腹ペコちゃんになっていた美化。


「お腹も元気っ! 変な緊張もしてないっ! おしゃ!」


 美化は1階へ降りていった。


「おはよう、美化」


「おはよう、おばあちゃん」


「さっきのニュース見た?」


「えっ? あっ、あぁ見たよっ! いやあ、まさか桜のKIRIKABUが……」


「? さくらぶじゃなくてっ! また別の公園で頭のない鳩が10羽っ! だってさっ!」


「いっ〜! またぁ!? 怖い怖い怖いっ! うっそでしょぉ?」


「また、『同じ人』がやったのかねぇ……バカだねぇ……」


「そうでしょ!? いや、じゃなきゃ困るよ! そんなモンスターが近所に何人もいたらたまったもんじゃないよ!」







「そうね……」


 母が愛するコーヒーを飲みながら言った。







「うわっ! まみーいたの?」


「居ましたけどなにか?」


「今日仕事は?」


「夜勤ですけどなにか?」


「んもう! それいいよっ!(笑)」


「犯人……どんなやーつだろうね?」


「うーん……世の中に不満? うっぷんが溜まってる感じ? でもさ、みんなそれぞれ不満も不安も抱えてるわけだし、それを小動物を切り刻んで発散するなんてさ、甘ったれたクレイジー野郎としか言いようがないよね。もしくは、何かのメッセージ? これは序章に過ぎないのかっ!?」

(かっこよく決まってしまった!! こ、これはヤバい……!)


「序章?……渕山警部補ぉ〜!! 対象がいずれ人になったりするのでしょうか? ゴクッ……はぁ♡」


 こうなると、お笑い好きの母に付き合うしかないのだ。


「そ、そうですねぇ〜あ、ありえますねぇ〜! 警部補渕山ぶちやま美化みけ三郎ざぶろうの推理によるとですねぇ〜……この、稚拙ちせつな犯人は多分、熟女の腹の肉に興奮するマニアックなやーつに違いなぁいですねぇ! はい〜!」


「ゴクッ……はぁ、おいしっ♡」


「だから、あの……コーヒー好きの熟女の腹の肉が……ですねぇ」


「……さて、もうひと眠りすっかな」


「おいおーい! 孤独死させんといてよっ(笑)」


 完全に弄ばれた美化。母はお笑いにはシビアなのである。




「美化、朝ごはん食べるの?」


 祖母が聞いた。


「あっ、うん! 食べまる」


 美化は食卓についた。


 今朝はチーズトーストとハムエッグがテーブルの上に用意された。


「キター♡ いっただきまーす!」


 祖母のハムエッグは絶品なのである。半熟ぐあいが完璧でサクサクのチーズトーストと食べると、えも言われぬ幸福の世界へといざなってくれるのだ。


「んもぅ、うんまぁい♡」


 もぐもぐする度にサクとろの食感。チーズとハムと半熟たまごが混ざりあった完全体が、バターを吸い込んだパンと一緒に狭い口腔こうくうないで陽気に踊って、舌と脳を絶え間なく喜ばせる。


 美化は本当においしすぎて、毎度一瞬気を失いそうになる。


「おばあちゃんっ! 今日も美味しすぎて死にかけたよっ♡」


「大袈裟ね〜」


 口のまわりについた半熟の黄身をティッシュで拭き取って、美化は2階に戻った。


 そして、予約録画してあった今期1番のお気に入り深夜ドラマ「死用人しようにん」の第4話を見た。


「怖かったぁ! でもおもしろかった〜♡」


 しばらくして時計を見ると時刻は9時30分。


「そろそろ、いいかな?」


 美化は是露に連絡をいれた。


[おはようございます。体調は悪くないですか? 自分は元気ですので約束どおり14時にKITAURAに行かせてもらいます。大丈夫ですか?]


 3分も経たずに返事が来た。


ピコッ☆「おはよう。俺も元気だよ。14時にスーパーKITAURAでお待ちしています。黒のズボンにグレーのダウンを着ていきます。その格好で入口のところにいるからね。とても楽しみです♪]


「わお♡」


 これが恋する乙女の正直な反応であろう。


[私も楽しみです。自分はデニムパンツに白のパーカーを着てくので♪]ピコッ☆


「っと。さて、これでよし! シャワー浴びよ〜」

(室内デートだからね! 多少のにおいもあってはならないっ! 女子はいい香りでいなくては♡)


 シャワーを浴び、バスタオルで軽く体を拭くと、脱衣場の鏡で自分の裸をじっとみつめた。


「セクスィ〜♡」


 と、言いながらちょっとだけセクシーポーズをやってみた。しかし、影山映莉や宮古田カルチェと比べると、全体的に丸い気がする。


「マ、マニアか……」


 うつむいて、ため息混じりに呟いた。


「ふぃっくしょいんっ! んあー……!」


 二度寝中の母はくしゃみが出た。


 そして、時刻は13時30分になった。


 髪にヘアコロンを付け、必要最低限の物が入ったリュックを背負い、美化は玄関へ向かう。


 すると母が見送りに来た。


「じゃあ、影山と買い物がてら遊んで来るよ」


「あまり遅くならないようにね。変質者さんもいるしっ!」


「そんな遅くはならないよ。まみーも夜勤頑張ってね! じゃあ、いってきます!」


「は〜い♡いってらっちゃ〜ぁい!」


 ついに、椿原是露とのデートが幕を開ける。


(こんな日が来るなんて……こんな早く来るなんて。思ってもいなかった……影山、青春行ってくるっ!)


 2月の澄み渡る空の下、渕山美化は

スーパーKITAURAへと向かう。

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