第36話 合谷

「どう? あれから肩の具合は?」




 美化は是露のマッサージのベッドに移動していた。


「ええっと、悪くないですっ。残ネルが一段落したのもあって……あはは」


「そっか。そうだったね」


「はいっ」


「じゃあ、マッサージしていくね」


「お願い致します」


 そう言って美化はうつ伏せになった。宮古田カルチェのせっけんの香りがした。


(今の自分ぐらいの時には、既にマスコミに騒がれてたんだもんなぁ。都田千恵……なにがあって今に至ったのか。すごい人生だったんだろうな……)


 つい、宮古田カルチェの香りに脳を突っつかれ、都田千恵の事を考えてしまった。


(だめだめっ! 是露先生のマッサージ中だというのに!)


 根っからの将棋好きのさがであった。












(…………あれ? 是露先生……今日、あまり話してくれない……)


 マッサージが始まって5分は経つが、是露は一言も発せず黙々と美化のマッサージをしていた。


 よくよく考えてみれば、前回も残ネル以外の会話は特にしていない。


(あわわ……残ネルがなかったら、なんもないっ! どどど、どうしようっ)


「肩……前よりはだいぶいいよ」


「ほ、ほんとですか?」

(よかったー! 会話キター! ビビったぁ……影山〜って、そういや影山は、隣でイケメン佐藤に揉まれてたんだった)


 美化はチラッと隣の影山映莉を見てみた。





「はいっ。お疲れ様でしたぁ!」




「ありがとうございましたっ。すごく楽になりました!」


「よかったです!」


 キラーン☆ (キラースマイル)


「また、疲れたら来ますっ!」


「ひどくなる前に来てね!」


「はいっ!」


「じゃあ、電気もかけるから、こっちのカーテンのベッド行くね〜」


(影山……電気行った……たぶん是露先生との会話はチェックされるよね)


 しかし、是露からそれ以降話しかけてくる事はなかった。


(なんで? どうしたら……)


 

 すると、ベッドの下の荷物入れのカゴから、スマホの着信音が鳴るのが聞こえた。


「あっ、渕山さん、電話出ます?」


「あっあ、すみませんっ」


 美化がスマホを手にした瞬間、着信音が止まった。誰だろう?と確認すると、それは影山映莉からの着信だった。そして……


 ピコッ☆


 続けてLINEが入った。開けてみると……


[先生も]

ピコッ☆

[みーちゃんの様子を]

ピコッ☆

[伺ってる]

ピコッ☆

[話しかけたら安心するはず]


(えっ? マジ? 分かったよ、影山! ありがとう〜(泣))


「すみませんでした。大丈夫です」


 明るめの声でそう言って美化は横になった。


(私から……話すんだっ……)



「……そういえば残ネルって、最終決戦の直前で強制セーブされるんで、私みたいに準備不十分で行くと2度とクリアできないですね」


 がんばって美化は話した。


「あー、太陽の巻物取り忘れてたもんね! 取りに戻れない残酷さ……ゆえに残酷のネル・フィードってタイトルがつけられているのでは!? なんて言われてるしね〜」


「それ、自分も思いました。めっちゃ悔しいです! あんなに苦労したのに水の泡なんだもん」


「また1からやるには、少し時間が必要かな?」


「面白いからやれなくはないですけど……ねぇ〜」


「はい。じゃあ、上向きね。気持ちの整理がね、つかないとねっ」


「そうですねぇ、また今度やるなら、の〜んびりやります。また首とか肩がカチカチでめまいなんか起きたら最悪ですから」


「そうだね……あっ! そうだっ。じゃあひとつツボを教えておこうかな」


「ツボ?」


「肩こりにもいいし、精神安定なんかにもいいって言われてる万能ばんのうのツボなんだけどね。手、出してみて」


 そう言うと是露は美化の右手の親指と人差し指の間の凹んだ部分を親指で押した。


「ここね、『合谷ごうこく』っていうんだよ」


 ギュ……


「合谷? おーっ! いててっ……めっちゃ痛いですっ!」


「だいぶ、ここも固くなってたね」


 是露がそう言った瞬間だった。


 美化の手には1枚の折り畳まれた紙が握らされていた。


「あんっ……」


 美化はなんとも言えない声が出てしまった。


「はい。じゃあ、首ひっぱるからね〜!」


(こ、この紙は……? 連絡先っ!? た、たぶんっ! いや、絶対にそうだよ!)


 美化は紙を握りしめた。


「はいっ! お疲れ様でしたぁ!」


「あ、ありがとうございました」


 美化はベッドから起き上がり、すばやく荷物入れのカゴからリュックを取り出すと、さっきの紙をサイドのチャックのあるポケットにしまった。


 そして……




「先生、これ、チョコです……」




 美化はUNIVERSユニヴェールで買ったチョコを取り出し、是露に渡した。


「えー!? チョコくれるの!? うれしっ! 美味しくいただくねっ。ありがとうっ!」


「お口に合うとよろしいのですが……」


「えっ?(笑)大丈夫だよっ。チョコ大好きだし!」


「じゃ、じゃあ、ありがとうございましたー!」


「はーい。お大事どうぞ〜!」


 ふたりは今日も別れ際に目を合わせた。前回とは違う距離感がそこには生まれていた。

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