第35話 心境の変化

「書けたっ!」


 宮古田カルチェが治療室に行くのと同時に、影山映莉が予診票を書き終えた。そして受付に渡した。




「ねえ、ねえ、みーちゃん、今のが宮古田カルチェでしょ?」


「そうだよ」


「なーに? ファンだったって?」


「実は今朝話しかけられた時に少し気になってさ、帰ってから調べてみたのよ。そしたらあの都田姉妹の姉の都田千恵が、宮古田カルチェだったってわけっ! びっくりこきまろってわけっ! 影山もびっくりこきまろでしょっ!?」


「え? 都田姉妹? 私知らなーい」


「あーそうか……影山は中学から将棋始めたからだね。都田姉妹って言えば将棋やってる人ならみんな知ってる超有名人だよ。でも10年前の話だから」


「10年前……」


「でも今は憧れの都田千恵ではなく、恋敵、宮古田カルチェ。だから絶対に勝つってわけっ!」


 恋のライバルが、かつての憧れ都田姉妹の姉、千恵と知って、美化の中でこの恋が少しだけ勝負事になった。


「影山さん、どうぞー」


「あっ、イケメン佐藤が呼んでる」


「あ〜、あれが……」


「マジで神マだから! いってら!」


「うん、みーちゃんもがんば!」


 影山映莉はウインクして治療室へ入って行った。


「渕山さん、どうぞー」


 続けて受付のお姉さんが美化を呼んだ。


「はいっ!」

(ふぅ、行くぞ。将棋の大会より緊張するし……)


 治療室に向かう途中、手先がフルフル震えていた。


「こんにちはー!」


 先生たちの大きな挨拶。チラッと是露のほうを見ると、宮古田カルチェの

腰あたりを揉みながら、向こうも美化を見ていた。


 その顔は、一瞬笑っているように見えた。


「電気からやっていきますね」


 美化は電気をかけられながら、やはり是露と宮古田カルチェの会話に耳がいってしまう。


(何話すん? 宮古田カルチェ)







「あれ? 宮古田さん、今日は香水つけてないじゃないっすか?」


「うん、心境の変化ってやつかな?」


「えっ、なにかあったんすか?」


「知りたい? 知りたいなら今度遊びに行こうよ〜♡」


「うわっ、肩コチコチですよ!」


「ちょっと! 話そらさないでよ!」


「え? あははは」


「わざとらしい笑い方〜。もうっ」


「また今度、連絡しますよ」


「えっ♡ 本当に? 了解でーす♡」


(えぇっ!? 是露先生……なんでなんで? 宮古田カルチェとデートするのー? やめてー!)


 その後の宮古田カルチェは上機嫌で会話もなめらかだった。


「はいっ。お疲れ様でした!」


「はぁ……気持ちよかったぁん♡」


「じゃあ、電気に……」


「あっ! 私、今日これでいいですぅ。行くところもあるしぃ……で、はい! これバレンタインね♡」


 宮古田カルチェはチョコの入った黒い袋を是露に渡した。


「あっ、ありがとうございます!」


「いえいえ、こちらこそ、いつもほぐしてもらってありがとです♡」


「いやぁ、こんなんくれるの宮古田さんだけっすよ!」


「ふふっ。それはどうかしらね」


「……ん?」


「それじゃあ、ありがとうございました〜♡」


「お大事にどーぞー!」


(宮古田カルチェ……帰った? 電気かけながらまた話聞かれると思ったのに……)




 宮古田カルチェは帰った。



 是露から連絡してくれるという一言を聞けて満足した、というのもあったが、それだけではなかった。


 宮古田カルチェは、昔の自分のファンだと言ってくれた美化に、今日は自分を気にせずに話をさせてあげようと思ったのだ。


 そして、外のベンチに座って、煙草を吸いながら少しだけ昔の事を思い出していた。


「ふぅ〜……将棋か……」


 そう呟いて空を見上げると、雪雲はなくなって太陽が顔を出していた。


「ほんっっとつまんない。ちょっとぐらい積もってみなさいよっ!」


 煙草を灰皿に捨てて、宮古田カルチェは愛車に乗って帰って行った。

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