第34話 待合室のお姉さん


 美化と影山映莉が整骨院に着くと、時刻はちょうと14時30分になるところだった。


「はぁ〜」


 美化は自転車の鍵をかけながらため息をついた。それを見ていた影山映莉が美化を励ます。


「私がついてるよっ! 大丈夫!」


「う、うん……ついてて。とことんついてて」


 影山映莉は美化の手を引き、整骨院の中へと入る。


「こんにちは〜」


 受付のお姉さんの挨拶に美化の緊張は高まった。


「こにちわ……」


 カタコトの外国人と化した美化をよそに、影山映莉は初診なので予診票を受け取り、椅子に座り書き始めた。


 その横にちょこんと美化も座った。


 現在、待合室には2人以外に、おばあさんがひとり、おじいさんがひとり、そしてお姉さんがひとりいた。


 すると、そのお姉さんが突然、美化に話しかけてきた。




「今朝はどーもー」




「……?」


 美化は一瞬、誰か分からなかった。


 髪を後ろにひとつに束ね、ニューヨーク・ヤンキースのキャップを被り、上下黒のadidasのジャージに薄い化粧。


「宮古田カルチェ……さんっ!?」


「ふふっ。そうよ。分かってよ」


 朝とは全く雰囲気の違う宮古田カルチェだった。black holeもつけてはいなかった。


「朝と違いすぎて分かりませんよ」


「あらっ、そう?」


 その会話を、症状を書きながら影山映莉は聞いていた。


「あの、聞いてもいいですか?」


「なぁに? スリーサイズは教えてあげないわよ」


「2六歩……」


「えっ?」


「先手2六歩です」


 宮古田カルチェは美化がなにを言いたいのか悟った。


「じゃあ、3四歩……とでも答えればいいのかしら?」


「やっぱりっ……!」


「美化さん、あなた将棋なんてやってるの?」


「もちろん。こう見えて、アイドルよりも女流名人目指してるんでっ!」


「そ、そう……投了なんて言わなきゃよかったわ。それで気づいたのよね?」


「はい。都田千恵さんですよね?」


「勘弁して。もう将棋はやってないわけだし……」


「分かってます。ただ、子供の頃ファンだったんで会えて嬉しかったんです。まさか恋のライバルになるとは思わなかったですけどね〜……」


 美化は後半声を小さくして言った。


「宮古田さん、どうぞ〜!」


 椿原是露が宮古田カルチェを呼んだ。


「じゃあ、お先に……」


 宮古田カルチェこと都田千恵は、せっけんのいい香りだけを残して、颯爽と治療室に入って行った。

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