第31話 バチバチ

 宮古田カルチェの高圧的なトーンの「ちょっと待ってよ」。それに対し、美化はゆっくりと振り返る。 


「はい? なんですか?」


 そして、まったくあなたなんて知りませんけど。という表情で宮古田カルチェを見て答えた。


「14時30分、椿原先生を指名の、ふちやま? みか? さん?」


「ぶちやまみけ。ですけど」


「あっは! 全然間違っちゃった! ごめんなさいねっ。美化みけさん」


「なにか用なんですか?」


 美化は不機嫌に言った。


「あのねぇ。あなたが是露先生のことを、好きなんじゃないかと思って」


「はあ?」

(なにこの人? エスパーかっ!?)


「いやね、このまえ美化さんが是露先生と楽しそぉ〜にお話してるのが、聞こえちゃってね」


「あっ、あの時はゲームの話をしてただけですけどっ」

(そうか! あの時、電気かけながら話を聞かれてたのか。迂闊うかつ。まあ、私も聞いてたから、おあいこだけど……)


「ふぅ〜ん。たださぁ、その会話のテンションというか、雰囲気? 私の勘が言うわけ。あの子は絶対に是露先生のことが好きだぞ〜って」


「で? 仮に私が是露先生を好きならなんなんですか?」


 美化は宮古田カルチェの目を強く見て言った。


「やめときな! ってこと」


 宮古田カルチェの今までニヤけていた顔が、一瞬で真剣になった。


「なっ、なん!」

(なのよー! この人はっ!!)


「あの男はあなたが思ってるような、ただの優しいお兄さんじゃないってことよ」


「なんですかっそれ? 確か、宮古田カルチェさんですよね? 是露先生とそんなに親しいんですかっ?」

(プライベートでは会ってないよね?)


「ふふっ、残念ながら大して親しいとは……言えないわね」


「じゃ、なんで?」


「だから勘よっ!」


「ただの勘ですかぁ?」

(ぷぷっ! 宮古田カルチェ、おそるるに足らずっ!)


「今の仕事して長いし、いろいろな人を見てきたけど、あんなになにかを隠し持ってて、ヤバい空気をまとってる人は見たことがない。ゾクゾクしてたまんないわけよ」


「ヤバい、ですか」


「どうせ今日来たってことは、チョコレート……渡すつもりでしょ?」


「んなっ!」

(まじ、エスパーかっての! 宮古田カルチェの勘か。鋭いといえば、鋭いっ!)


「私も渡すわよ、チョコ。もちろん、コンビニのとかじゃなくてね」


「私だってコンビニのじゃないですよーっ!」

(サンキュー影山っ! うにべるすに行っておいてよかった!)


「やっぱりあなたも渡すのね」


「あっ!」

(つい、言っちゃったし……)


「私、是露先生と付き合いたいの。このモヤモヤした気持ちは彼と付き合って秘密を知ることで晴れるわ」


「秘密? そんなの本当にあるんですかねぇ……」


「私の勘。あまりバカにしない方がいいわよ……」


「分かりました。どうもご忠告ありがとうございました」


「子供があんまり大人の恋の邪魔、しないでね」


「邪魔? あなたみたいな綺麗な人が、こんな女子高生にいちいち釘を刺すなんて、意外に自信ないんですね!」


「ふふっ。ゲームかなにか知らないけど、あんなに楽しそうに話す彼を初めて見たわけ。渕山美化さん、私、負けないから」


「勝つとか負けるとか関係ないですから」


「ふふっ。絶対、投了とうりょうさせてあげるわ!」


 そう言い残し、宮古田カルチェは待たせてあったタクシーに乗って帰って行った。


「んっ? 今『投了』って言ったよね? あの人、将棋でもやってたのかな? いやぁ、ないわっ! ないないっ!」


 美化は家に向かって自転車を走らせた。その時、頬に冷たいものが当たった。


「おっ? ちょっと降ってきたあ♡」


 チラチラ降る雪の中を、せっかくの恋に水をさされたなと思いながら、宮古田カルチェのチョコレートはどんなのだろう? と考えながら家に帰った。

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