第30話 急接近、宮古田カルチェ
2月14日。ついにバレンタインデーがやってきた。はい、その通り。美化が是露先生にチョコを渡す日である。
今日は土曜日で学校はお休み。影山とは午後イチで行こうと約束していた。
母によると、あまてらす鍼灸整骨院は土曜日、普段仕事で来られない人たちが来るのでかなり混み合うのだと言う。
予約も電話でほとんどが埋まってしまう。なので、確実に指名をするには朝早くに行き、電話予約が始まる前に予約表に名前を書く必要があるらしい。
電話予約は8時30分から。整骨院はそれよりも早い7時30分頃には開く。
美化はいつもどおり6時に起きて、朝のルーティーンを終えていた。
時刻は7時になった。
「よしっ!」
美化は気合いを入れてコートを羽織る。カイロを腰のあたりにばしっと貼り付けて、寒空の下、整骨院に向け自転車を走らせた。
「さむ! ホントに雪降りそうやん」
お天気お姉さんによると、ところにより雪の予報。その通り、太陽は雲に覆われて顔を見せる気配はない。
「マフラーしてくればよかたー!」
(是露先生の指名書きに来る人ってどれくらいいるのかなぁ? 午後イチは
美化は寒さを振り払うように、自転車のスピードを上げる。家を出て20分。美化は無事に整骨院に到着。
「結構並んでるう」
既に10人が入り口から並んでいた。
(おじさん、おばさんばっか……)
美化は1番後ろにそっと並んだ。
誰も話をしないで静かに整骨院が開くのを待っている。美化もスマホで大好きなアイドルのTwitterを見ながら待つことにした。
コツ、コツ、コツ、コツ!
美化の後ろにヒールの足音を鳴らしながら近づいてくる気配。それと同時にあの香りが漂う。
(ん? まさかっ!?)
美化は振り返って目視。
(うわっ! 出たあ───っ!)
クルクルしたシャンパンゴールドの長い髪、黒のニットのミニワンピに黒のロングブーツ。
その絶対領域からチラリと見えるセクシーなストッキングに包まれた足は、細くて長いのが隠れててもはっきり分かる。ボアのショートアウターがモコモコで、かわいさまで演出していた。
その姿、正に大人かわいい女!
(宮古田カルチェきた! この匂いもblack holeだし! よく知んないけどキャバ嬢でしょ? こんな朝早くに眠くないわけーっ!?)
美化は一瞬だけ宮古田カルチェを見て、また前を向いた。
カチッ!
「ふうーっ……」
後ろで宮古田カルチェが
(香水に煙草。なんか頭がクラクラしてきた。あー、クラクラ蔵之介ー)
前に並んでるおじさんとおばさんは、まったく気にしていない様子だった。いつものことなのだ。
よく見れば、美化のすぐ横にはベンチがあり、
カチャカチャッ
整骨院の入り口の鍵を開ける音がする。宮古田カルチェは大きくひと吸いして、口紅のついた煙草を灰皿に捨てた。
「おはようございまーす!」
爽やかにイケメン佐藤、見参。
並んでいたおじさん、おばさんたちが、待ってましたとばかりに中に入っていく。またひとり、またひとりと希望の時間に自分の名前と指名の先生の名前を書いて帰っていく。
中には朝イチの希望なのか、そのまま待合室に置いてある新聞を座って読み始める人もいた。
そして、美化の書く順番になった。
(えーっと。午後のいちばんっと)
14時30分の枠は、誰にも取られることなく空いていた。
(ラッキー! 私が椿原先生っと。影山が佐藤先生っと)
予約表に書きこんでいると受付にイケメン佐藤がやってきた。
「あっ! 佐藤先生!」
「はいっ」
「この影山って子、今日初めて来るんですけど、友達なんです」
「うん、うん」
「やっぱり私と同じで肩がつらいみたいなので、佐藤先生に診てもらいたくて。よろしくお願いします」
「はーい。分かりましたっ。お待ちしてますね! あはっ!」
キラーン☆
(うわっ! まっ、眩しいっ! イケメン佐藤のキラースマイル! 朝イチなのに爽やかー! あたしゃ溶けそうだよ)
美化がよろめきながら予約表の前から
それを美化は、スリッパから靴に履き替えながら横目で見ていた。そして、帰ろうと自転車の鍵を外している時だった。
ガチャ!
「うう〜寒い寒い。早く帰って甘酒でも飲むべやー」
「ねえっ! ちょっと待ってよ」
帰ろうとする美化を呼び止めたのは、宮古田カルチェだった。
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