第27話 影山への報告

 鳩猫バラバラ事件も忘れ去られた感じの放課後。将棋部の部室に美化は向かうのだった。


(まずは影山と一局いっきょくそ。今日こそは勝ちたいな)


 ガラッ


 部室に入ると、数名の部員に混じり影山がいた。


「影山ちゃん。一局お願い」


「いいよー。何局でも」


 ふたりは将棋盤を挟んで向かい合い、手際よく駒を初形に配置する。


「お願いします!」


 パチンッ、パチンッ、パチンッ!


(影山、今日は三間さんけん飛車びしゃですか)


 美化は生粋きっすい居飛車いびしゃ党。それに対し、影山は居飛車も飛車びしゃも指しこなすオールラウンダータイプ。


(今日も鋭い! 影山映莉ッ!)


 指し手が進むにつれ、美化は自分の劣勢をはっきりと感じていた。


(今日の影山も美しい。パないってば)


 パチンッ!


 影山が力強く駒を盤に打ちつける。


「負けました」


 美化『投了とうりょう


「みーちゃん、今日はちょっと集中力が足りなかったね。この場面……」


 そう言うと、影山は問題のあった局面に駒を並べ直す。


「みーちゃんはここで攻めてきたけど、私的にはこう、受けられたほうが全然嫌だったよ」


「やっぱ受けるべきだったかー。もう一局やろっ! 次は角換かくがわりお願いします!」


「了解です」


 その後も、影山にまったく手が出ないまま帰宅時間を迎えた。





「少し話があるんだけど、つきあってくれる?」


「どうしたの? 聞くけど」


 ふたりは駐輪場に向かい歩き出す。美化は意を決して切り出した。


「実は……好きな人ができたっぽい」


 美化のその言葉に影山は驚き、廊下で立ち止まる。


「うそっ!?」


「恋なんてしないとか言ってたくせにさ、しちゃうんだねー恋って」


「えー、誰? 誰ー?」


 満面の笑顔で美化の正面にまわり込む影山。


「学校の人じゃ、ないの」


「そうなんだ」


「実は……LINEで言ってた整骨院の先生なんだよね」


「ええーっ! そこいくーっ!?」


「隣で話してた先生いたって言ったでしょ? 残酷のネル・フィードの」


「言ってたね。んっ? でも、まだ直接話してないんじゃ……」


「実は昨日整骨院に行ったんだ。で、その先生を指名して、会話が想像以上に楽しくって……」


「昨日行ってたんだ。聞いてないー」


「ごめん。昨日はその先生を指名して話すって決めてて。なんか影山がいたら恥ずかしいなって……」


「恋する乙女になっちゃってたわけだ。じゃ、今度は一緒に行こうね!」


「うん、行こっ!」


「その先生見てみたいし。名前は?」


椿原つばきはら是露ぜろ先生」


「ふーん。かっこいい名前」


「でね、ここからなのよ。本題は」


「本題?」


 美化は目を閉じて、思い出しながら話を始めた。


「ゲームの話ですごい盛り上がったじゃん? それはよかったのよ……」


「うん」


「その話の中で、実は私の見た残ネルのエンディングが、バッドエンディングだったということが判明したのですよ……」


「バッド? そんなのあるんだ」


「椿原先生が、今ちょうど残ネルをクリアするところらしくて、『真のエンディング』を見に来る? って言ってきたのよね」


「マジでっ? 家に?」


「そゆこと……じゃん?」


「だね」


「つい勢いで『はい』って答えたら、『次来た時、連絡先渡すね』って速攻で言ってきたから、少しビビった」


「ふむふむ。確かにビビるわ」


「めっちゃ嫌って訳でもないし、エンディングも見たいし。悪い人ではないと思うけどちょっと。これ、影山なら、どうするのかな? と思って」


「え、私は全然迷わないかなぁ?」


「そうなのっ?」


「うん。絶対にいかなーい!」


「まじすかっ!?」


「いきなり家とかありえなくない? 絶対みーちゃんの体目当てじゃん。絶対にヤバいってば。分かった?」


「やっぱそうだよね。はは、あはは。あぶなー」


 すると、影山映莉がまた美化の正面にまわり込んだ。


「はいっ! 今、私に行っちゃだめ! って言われて素直に『はい、そうですか』ってなった?」


「!?」


「絶対なってないよね? それが答えってこと。行ってきなよ。その代わりキスくらいは覚悟して行きなよ!」


「う、うう。キス?」


「でも、素性すじょうも分かってる人だし、滅多なことはしないでしょ。院長にチクれば無職だし。つか、警察に言えば逮捕ーっ!」


「だ、だよねえ?」


「せっかくの恋でしょ? がんばってみなよ。今度一緒に整骨院に行った時にさ、私が見極めてあげる。ねっ?」


「あ、ありがと。マジで影山に話してよかったー。気が楽になったよぉ」


「とりま、初恋おめ!」


「あはは。恋って超疲れるんだけど」


「それが青春だよ」


「青春。あんまり好きくなかったけど、ありよりのありかもね」


「今度、整骨院に行くなら14日にしない? チョコ持っていこーよ!」


「チョコ!? それは、やめっ……」


「やめません。一緒に買いに行くから。恋はスピードが命。ノロノロしてたら取られちゃうよ!」


「そ、そういうもんなんだ」


「明日は祝日だし、買いに行こ。リサーチして連絡するから!」


「お、お願いします……」

(とは言ったものの、いきなりチョコはキモがられないっ?)


 美化の気持ちは完全に無視。影山はノリノリで自転車に乗り、帰る途中も鼻歌交じり。本気のJK恐るべし。


「じゃーねー! みーちゃんっ! 今日は話してくれてありがとねっ!」


「こっちこそマジでありがとー! じゃーねー!」


 美化は影山と別れ自宅へ向かう。


 恋の悩みが解消されたせいか、さっき影山と指した将棋のが頭の中を占めていた。


(今日の影山の将棋、凄かった。まったく見えてなかったよ、あの詰み。いつもの影山とは一味違う、妖刀の切れ味ってやつ?)


(私も負けてらんない。影山に勝って女流を目指すんだ。今度の大会で優勝したい!)


「がんばるぞー!」


 渕山美化、17歳。恋も将棋も頑張ると心に誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る