第25話 恋する乙女

「おばあちゃん、ただいま」


 美化、整骨院から帰宅。


「おかえり。美化いい匂いするじゃない。香水? めずらしい」


「つけてないけど?」


 と、言った瞬間思い出した。


(宮古田カルチェのblack holeだ。マッサージのタオルから制服に移っちゃったんだっ! んもぅ!)


 美化はblack holeの香りを漂わせながら2階へ。


 部屋に入るとすばやく部屋着に着替え、脱いだ制服に鼻をくっつけて匂いを嗅いだ。


「うっ、あまったるっ!」

(あの女、是露先生に馴れ馴れしくしちゃってさ! 指名して、連絡先まで渡して、プライベートで遊ぼうとか言ってたし! 絶対に是露先生の事好きじゃん!)


 black holeの香りを吸うたびにイライラが膨らんでいった。美化は嫉妬していた。


(是露先生は宮古田カルチェの事なんて好きじゃないよね? だって私には自分から連絡先くれるって言ってきたしっ♡ なんといっても私たちには残ネルがあるしねっ!)


 残酷のネル・フィードの存在が美化の気持ちを落ち着かせた。宮古田カルチェには『負けてない』という優越感も持てた。


「これが恋、これが青春。とはいえ、非常事態じゃ。影山に……」


 スマホに伸びかけた手を美化は引っ込めた。


「明日 話そ。今は頭が混乱してる……無理ー」


 恋する乙女は、本当に影山映莉という存在がいてくれてよかったと心底思っていた。


 それと同時に部屋のblack holeの香りも気にならなくなっていった。チラリとZERO WORLDを見る。本体にささった赤い残ネルのカセット。


「太陽の巻物を邪忍の里に取りに戻ってやり直せば、真のエンディングが見れるってことだよね……?」


 美化は是露と約束したにも関わらず、早く真のエンディングが見たかった。美化はそういう我慢ができる子ではないのだ。


「ちょ、ちょっとだけ。やってみよっかな? あはは……」


 パチン


 ZERO WORLDの電源を入れてゲームを再開。場面は地底魔城内。ネル・フィードが登場した直後。


「あーっ! え? うそ」


 美化は嫌な予感がした。










【ネル・フィード! 頼む! 人間、悪魔、そして神。うまく折り合いをつけないか?】


【あ───っはっはっはっはっ! 悪魔風情が私に話しかけるんじゃないよっ!】


【貴様らなど食えもしないその辺の石ころと同等、それ以下の存在に過ぎない!】


【じわじわと苦しめながらこの世から蒸発させてやる!】


【お前はこの場に不要だ】


【ごきげんよう】


 ビッ!


【ぎゃあああっ──────!!】



「ちょ、ちょっと……これ」



 美化は確信した。



【さあ、勇者ミケ】


【果たしてあなたのような人間を超越した人間とはどのような味がするのでしょうか?】


【もう人間を食す事での私の様々な能力の向上は上限を迎えたようです】


【とても素晴らしい高揚感を得る事ができました】


【非力だった私が悪魔の王を仕留めるに至った】


【さっさと食えばよかった……】


【人間の信仰から得られる力など、ごく僅かに過ぎなかった!】


【やっと邪魔で醜く不愉快な悪魔どもを痛ぶりながら消す事ができる!】


【役目を終えた人間たちは新世界で私がさらにおいしく食べられるように『品種改良』してあげますよ……】


【それでは………………】


【いっただっきま─────す!!】


 ネル・フィードとの戦闘に突入した。


「これ、戻れない的なじゃんっ!」


 『最後の戦闘』直前にネル・フィードに強制的にセーブされた為に、太陽の巻物を取りに戻る事ができなかったのだ。


「残酷のネル・フィードのの意味が分かった気がするお……」


 ドガッ!


【ミケたちは全滅してしまった!】


 勇者ミケ一行はネル・フィードに全滅させられた。準備不十分でラストの戦いを挑むと負け続ける事になる。ここまでの苦労も水の泡。正に残酷。


「ここで強制セーブって……ハッキリ言っちゃえば鬼畜仕様のクソゲーじゃんっ!」


 この後、何回かネル・フィードにいどむもバッドエンディングすら見れなかった。


「やっぱりあのクリアは奇跡だった。もう、こうなったら是露先生にばっちり見せてもらうしかないっ!」


 美化はZERO WORLDの電源を切り、そのあと様々な感情を駒に乗せながら将棋を指した。23時30分、ベッドにごろりと横になった。


(とりあえず、この豊満な肉体は死守しなくては。ま、まだ早いです! 私はただ、残ネルのエンディングを見に来ただけです! だめです! 触らないで下さい! こ、こんな感じで大丈夫かなぁ?)


 ドキドキ


(是露先生、彼女いたりする? いや、さすがにいたら家になんて呼ばないよね?)


 ドキドキ


(まさか!? 女として見てない? 子供と遊んであげる感覚? え〜? 私だってそこそこは可愛いんだから! わ、私は何を言って……)


 ドキドキ


(先生の部屋ってどんなんだろ? 大人な感じの? スタイリッシュな? モノトーンな? ゲーム機もズラっと揃ってて?)


 ドキドキ


(残ネルのエンディング見た後は対戦ゲームしたりして♡ だ、断じて変な対戦じゃないから! こ、この恋はバッドエンディングにしたくないーっ!)


(神様ーっ! 是露先生がエロくありませんよーにー!)


 複雑な乙女心の渦の中に吸い込まれていく美化。影山さんは一体どんなアドバイスをしてくれるのか?

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