第24話 バッドエンディング

 美化の話を聞いて、是露はかなり納得のいかない様子だった。


(なに? 私、変なこと言った?)


 そして、5秒ほどして再びマッサージの手が動き出した。


「渕山さん、『太陽の巻物まきもの』ってちゃんと使った?」


「太陽の巻物?」

(あにそれ?)


「やっぱり使ってないんだ。それでクリアするなんてすごいよ! 聞いたことがないっ!」


「そうなんですか?」


「邪忍の里で竜牙りゅうが天滅てんめつを倒すでしょ?」


「はい」


「その後、引き返さずに奥のおやしろの中に入ると宝箱があるんだよ」


「えー!?」


「その中に太陽の巻物があるわけ」


「し、知らなかったです……」


「地底魔城に入ったらすぐに太陽の巻物を使う。それで魔城内の異常な魔力を正常になる」


「だから地底魔城の敵めちゃくちゃ強かったんだ……」


「太陽の巻物を使わずクリアなんて、渕山さんパねー! あははっ!」


意識いしき朦朧もうろうだったのかも。学校あるのに夜中までやってたから。あはは……」


「それで肩こったんだ? しょうのないお嬢ちゃんだー」


 そう言って是露は肩を揉んでた手をクネクネ遊ぶように動かした。


「わー♡ くすぐったぁいっ!」


「ごめん、ごめん! 真面目にやるからねっ!」


(ちょ、超楽しいんですけどっ! こんなに楽しいのは生まれて初めてかも♡ あれ? 今一瞬、心臓あたりが苦しいみたいな、ドキドキするような? これはキュン?)


 その後、是露は少し会話を控えめにして、美化の体をほぐす事に集中しているようだった。


「はいっ。じゃあ、仰向けねー! 首の後ろもやってきましょう」


「はいっ」


 仰向けになったという事は、もう仕上げに入る合図でもあった。美化は、もう少し残ネルの話がしたかったので切り出した。


「でも残ネルのエンディングって暗いんですよ。悪魔はあなたのすぐそばにいるとか、他力本願はダメだとか言われるしー」


「ははっ」


「え? 私、またやらかしました?」


「渕山さん、それ残念ながらバッドエンディングだよ!」


「バッドエンディング?」


「最後、勇者やられてなかった?」


「あっ! そういえば……」



 美化は昨日のネル・フィード戦を思い返した。











【勇者ミケの奥義!】


【ヤマタノオロチ!!】


 バシューンッ!!


【ネル・フィードに354のダメージ!】


【ネル・フィードの攻撃!】


【神の一撃!】


 ズッドォオオオン!!


【ミケは457のダメージ!】


【ミケは死んでしまった!】


「うわっ! ヤッバッ! 私 死んだしっ! ふぎゃあっ!」














「た、確かに、死んでました……」


「残ネルは勇者が生き残ってないと、しんのエンディングが見られないんだよねー。はい! 首引っ張るねー」


「マジかぁー、う〜」

(あんだけ苦労してバッドエンディング? もはやウケるっ!)


 美化は本来なら相当ヘコむはずだったが、是露と残ネルの話を共有できている喜びが、それを上回っていたおかげで逆に笑えていた。


 その時、是露が美化の耳元でささやいた。







「真のエンディング……見に来る?」








(えっ!? えぇ!?……見たい。見たいっ。見たいですぅっ!)


「はい……」


 美化も小さい声で答えた。


「じゃあ、次に来た時、連絡先渡すね……」


 そこまで小さな声で言うと


「お疲れ様でしたぁー!」


 と、是露は大きな声で言った。


 そして、美化はベッドから降りて、是露の顔を見た。是露も美化の顔を見ていた。


 目で次に来る約束をすると、


「ありがとうございました」


「うん。お大事にね!」


 と、挨拶を交わした。


 美化は背中に是露の視線を感じながら待合室へ歩いていった。


 振り返りたかったが、さすがにそれは恥ずかしくてできなかった。


 他の先生たちの目もある。


(是露先生ヤバっ! よく見たら超かっこいいっ! 次来たら連絡先? 積極的にも程があるんじゃ……先生、遊び人説……)


(残ネルの『真のエンディング』を是露先生のうちに見に行く? いやいや自分でやり直せば見れるんじゃないの?)


(おかしい、おかしい、おかしい! いきなりJKをうちに誘うとかっ! ヤバい人だ! そうに違いない!)


(私のこの豊満な肉体を狙ってるっ! うん! そうだ! そうに決まってる! 残ネルにかこつけて私の豊満な肉体を狙ってるんだ!)


(優しそうな顔して……実はイケメン佐藤よりタチが悪いんじゃ? 私で何人目なわけ? 泣いてる女の子が何人いるわけ?)


(椿原是露……なんて悪い男だ!)


(なんて……悪い……)


(悪い……男……)


(なのに、なんで? 見に行きたい自分がいたりする……こ、これって!?)


 美化は心臓のあたりに再度ぐぅっと押されるような重苦しさを感じた。


(まさかこの私が恋っ!? 影山に恋なんて無理とか言ってた私が恋っ!?)


(恋ってこんな簡単にしちゃうの? 一瞬の出来事じゃん。あり、あり、あり、ありえないんですけど……!)


(で、で、でも、さ、最初は公園とかでお話しとかの方が……)


「渕山さーん、500円です」


「は、はひー!」


 美化は会計を済ませて外に出た。是露のマッサージのおかげで体はホカホカしている。


「あ、全然寒くないっ♡」


 美化は自転車の鍵を外し、整骨院の窓に目を向けた。是露が次の患者をマッサージしている。


 3秒だけ見つめた。


「次は、いつ来よう……かな」


 美化は複雑な思いのこもった溜め息をぷはあと吐いた。


 自転車に乗って帰って行く美化の後ろ姿を、椿原是露は窓越しにみつめていた。美化を見るその目は、まさに女を見る男の目だった。

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