第16話 指名をしたい!

 美化はずっとゼロ先生と香水女の会話を聞きながら電気治療を受けていた。そろそろ10分が経とうとしていた。


「電気外しますねー」


 受付にいたお姉さんが電気を外しに来た。なんか外されてもまだビリビリしている。


「はい。これで治療は終わりになりますので、お疲れ様でした」


「ありがとうございました」


 美化は待合室に向かい歩きながら、1番奥のベッドの方をチラ見した。するとゼロ先生が自分を見ているのに気がついた。


「えっ……」

(なんで見てるの? やっぱり私が可愛いからー? うっふーん!)


 と、思った瞬間だった。


「お大事にどうぞー!」


 先生たちの声が治療室に響いた。心なしかイケメン佐藤の声が1番大きく聞こえた。


(なんだよ、挨拶かよ。びっくりした。でもゼロ先生と目が合っちゃった!)


 少し気の抜けた美化が待合室に行くと、母が週刊誌を読みながら待っていた。


「どうだった?」


「めっちゃ気持ちよかったよ。最後、香水が臭くてなんだったけどー」


「あー、さっきの……」










 こうして美化の初マッサージは無事に終わり、母が会計を済ませ「じゃあ、行こうか」と、スリッパから靴に履き替えている時だった。


 美化は思い切って受付のお姉さんに聞いてみる事にした。


「あの……」


「はい、どうしました?」


「指名って、電話じゃなくてここに来て、この予約表に自分の……?」


「はいっ、そうです。ここに渕山さんの名前書いてもらって〜、こっちに先生の名前ですね。今日の先生は佐藤先生ですね。ちょっと電話で予約が埋まっちゃってるとお待ち頂いちゃうのでそこだけ、すみませんねー」


 受付のカウンターに置かれている予約表の紙を指さしながら、お姉さんは丁寧に教えてくれた。


「分かりましたっ!」


 そんな娘の姿を母は微笑ましく見ていた。やはり佐藤先生を気に入ったのだと。ひょっとして好きに!? なんて事まで想像していた。


 しかし……


「で……1番奥の先生の名前はなんて言うんですか?」


 美化のその質問に、受付のお姉さんも母も「えっ?」って顔になった。


「ゼロ先生? って聞こえた気がしたんですけど……」


「あ、ああ、はい! 椿原つばきはら是露ぜろ先生ですねっ!』


「椿原、是露先生ですか。分かりました。また来ます」


「あっ、はい。お大事にどうぞ!」





「おまたっ!」


 キョトンとした母と車に乗り込んだ。


「指名って佐藤先生じゃないんだ?」


「えっ? あーうん、別に佐藤先生でもいいんだけど。いろんな先生のマッサージを受けてみたくなったの。今日でプロのマッサージの凄さを知ったからさー」


「んなるほど。確かに」


 なーんて言った美化だったが、もちろんそんな理由ではない。


 椿原つばきはら是露ぜろとの残ネルトーク。理由はそれだけだった。でもさらに、イケメン佐藤並みのマッサージも受けられたら尚いいな。とも少し思っていた。


 それ程に、今日受けたマッサージの衝撃は凄かったのだった。



 帰宅した美化は自分の部屋に行き、今日の事を影山に連絡した。


 残ネルのやりすぎで体調を崩した事、首と肩が凝り固まっていた事、整骨院でイケメン佐藤にほぐしてもらった事。


「是露先生の事はどうしよう? いやいや、別にいいじゃん! なに迷ってんの? 私は」


 美化は椿原是露の事もLINEした。


[偶然、残ネルの話をしている先生が隣でマッサージしてて、びっくりしたし!]ピコッ☆


 しばらくして影山から返事が来た。


ピコッ☆[すごい偶然だね。でも、さすがのみーちゃんも肩こりには勝てなかったね。私も肩凝ってるから行ってみたいな♪]


「影山も?」


[じゃあ、今度一緒に行こうか?]ピコッ☆


ピコッ☆[うん! 行ってみたいな♪]


「へえ。じゃあ……」


[了解♪]ピコッ☆


ピコッ☆[楽しみ♪]


 ふぅっと、美化は息を吐いた。


「でも、次は絶対1人で行く。是露先生指名でっ!」


 その気持ちは揺るがなかった。


 その晩、美化は残ネルをやらなかった。その代わり将棋に打ちこんだ。


(たった2日指さなかっただけで、すごく弱くなった気がする。ひええー)


 毎回 美化の相手はAI。オンラインでも対局はできるものの、マナーの悪い人が結構いるので、美化はオンラインでの対局があまり好きではなかった。


「ま、また負けたしん……」


 美化はこの日、23時には寝た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る