第10話 母、来たる

 影山映莉に『恋はしない宣言』をした美化はその日の授業中、やはり寝てしまった。


「渕山、渕山っ、起きろ〜!」


 コツンッ!


「ふがっ? わ、私はブスじゃありませんっ! あ……」

(や、やっちまったな!)


 クラスの皆が笑いを堪えていた。


「ブス? 何を言っとるっ! 本来なら廊下に立ってろっ! と言いたいところだぞっ! まったく!」


「えへ♡ とぅいまてん」


「とぅいまてんじゃないっ! たるんどる! 続きを読みなさいっ!」


「ひえーっ! ど、どこっ!?」










 そんなこんなで、フワフワの状態でなんとか全授業を乗り越えた美化は、残ネルの待つ我が家へと舞い戻ってきたのだった。




 そして……

















「も、もう4時? 過ぎてる?」


 美化は学校から帰ってきて、夕食とお風呂をサクッと済ませ、あとはずっと残酷のネル・フィードをやっていたのだった。


 物語はすでに終盤。美化は分かっていても先が気になって、なかなかやめられずにいた。


「ま、またやってまった。私、残ネルジャンキーと化してるな。でも、こんな自分、嫌いじゃないです♡」


 美化はセーブして電源を切り、ベッドに飛び込んで寝た。さすがに今夜は5秒で夢の中だった。
















 そして2時間後。ドヴォルザークの新世界が部屋に響き渡る。


(う、うーん……あ! スマホ机の上に置きっぱじゃん……う、動けないし)


 机の上に置いたままのスマホは悪気わるぎなく、ずっと起きられないでいる美化に新世界の調べを奏で続けていた。


 そこそこの音量だったが、今の美化にはそれすらも心地良い子守唄であった。


 何分経っただろうか?


 部屋に誰かが入ってきたような気配を感じた、その瞬間ッ!


 ブワサッ!!


 布団が捲られ、優しく体を包んでくれていたあったかい空気は一瞬で消え、冷たい空気が重だるい体に一気に流れこみ、美化を震えあがらせた。


 母である。


 母がなかなか起きてこない美化に腹を立て、冬の最強アイテム、羽毛布団を奪い去ったのである。


「寒いです……助けてください……お許しを……お代官様……へるぷみー……だんけしぇーん……ぼんじゅーる……」


 あまりの眠さと寒さで、一種の錯乱状態に陥った美化は体を丸め、か細い声でとにかく助けを求めていた。


「あんた、もう7時半だよっ。起きなっ!」


「休む……と言ったら?」


 美化は恐る恐る言ってみた。


「まったく。ちゃんと自分で連絡しなさいよ! 知らないよ!」


 そう言うと、羽毛布団剥ぎ取り鬼は1階へと降りていった。


(まじっ? ラッキー!)


 嬉しさのあまり、美化は少しだけ眠気がとんだ。そしてある事に気がついた。


(あれ? さっき割と勢いよく布団 持ち上げたよね? 腰良くなったのかな? 整骨院すごくない?)


 昨日帰宅してから、その話題をする事なく残ネルタイムに突入してしまった自分が、少しだけ恥ずかしかった。


「まみーごめんね……でも……よかったよ……よか……ったね……」


 そして、布団を元に戻して美化は再び深い眠りに落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る