第8話 その頃のマートン 2

 コンコン、と、僕の部屋の扉がノックされた。使用人ではないな。ノックの仕方が荒い。扉の向こうに居るのはきっとパパだ。ただ、いつもより荒く感じる。




「マートンよ。開けても良いかね。緊急なんだ」扉の向こうからパパの声が聞こえた。




 ほらな、やっぱり。ノックの主がもし使用人だったら、ケチを付けていたところだ。僕はお前の友人じゃないし、もちろん同僚でもない。お前は俺やパパのおかげで日々を生きているのだ、もっと僕のように穏やかにノックしろ、と。そして僕はこう言う。口を開けろ、と。僕の風魔法で口の中をからからに乾かしてやるのだ。デザ砂漠の砂のように。それから次の日の晩まで、水分の接種を禁止する。ふへへ。




 僕は急いで本をソファの隙間に隠し「開けても良いよ」と返事をした。




 パパががさつに扉を開け、僕の部屋に入って来た。う、にんにことピッツァの匂いがする。




「マートン。ニアがファイの奴と一緒に村を出て行ってしまった。奴の逃げ足の速さを考えると、そう簡単には追いつけないだろう」パパはそう言ってげっぷすると、左手の人差し指を舐めた。




 恐らく左手にピッツァを持って食事していたのだろう。パパは左利きだからな。




 そんなことより、ニアがファイに攫われただと。




「どうしてファイの糞野郎に監視をつけなかったの、パパ!」僕はパパを怒鳴った。

「す、すまないマートン。ただ、これはもう既に起きてしまったことなんだ。これからのことを考えた方が賢明じゃないか?」パパはそう言ってまたげっぷした。




 くそが、パパの癖にまともなことを言うじゃないか。確かにその通りだ。これからのことを考えなければならない。




「パパ、この村に遠隔透視の能力を使えるものは?」と僕は言った。

「遠隔透視というのは千里眼のことかな? さ、さあ。分からんよ」パパは今度はげっぷしなかった。

「明日の昼までにこの屋敷に集めて! 千里眼の能力者。さもないと一生恨むからね」

「わ、分かったよ。明日の昼までにだな。必ず用意する。それじゃあパパはこれで部屋を出て行くよ。そ、そうだ。マートンも一緒にピッツァを食べないか? にんにこピッツァ美味いぞ」

「にんにこくせぇんだよ! 出てけ」




 パパは悲しそうな顔をした。一応ご機嫌取っとくか。




「パパ、酷いこと言ってごめんよ。頼りにしてるから」僕の演技力を見たら劇団の座長も驚くだろう。

「良いんだよマートン。ピッツァが食べたかったらいつでもおいで。パパが温めてあげるから」とパパは言って左手でドアノブを回し、部屋を出て行った。




 ドアノブを見ると少し濡れている。パパの涎だ。汚い! 汚いぞ! まるでナメクジが這った跡のようだ。後で使用人を呼んで掃除させよう。念入りにな。


 いや違う、使用人を呼ぶにしても僕はパパの涎ドアノブを回して部屋を出なければならないのだ。くそがーーーっ。




 僕は部屋中の窓という窓を開け放ち、風魔法で喚起した。くそ、中々にんにこの臭いが消えない。




 ファイ、何があってもお前からニアを取り戻してやるからな。これは誓いだ。僕自身に対する誓い。ニアにもお仕置きが必要である。どうしてやろうか。一日中奉仕させるのは確定だな。




「へへ、へへへへ」僕は笑いが堪えきれなかった。




 ニアは、俺のものだ。


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