第6話 「おい!」と背後の離れた場所から怒鳴る声が聞こえた。
スパイダは体を反転させて宙に浮いていたので、最初それがスパイダであるとは分からなかった。それを見て抱いた感情は怖い、気持ち悪いの2つである。
俺はかなり驚いて足がすくみ、動けなくなっていた。
少ししてやっとそれがスパイダであると分かった直後のことだ。傍に立っていたニアがスパイダ目掛けて氷魔法をぶっ放しているではないか。
スパイダは瞬く間に凍った。その時の季節は夏だったが、俺の顔の前だけがひんやりしていた。スパイダを凍らせている最中のニアの顔を、俺は今でもはっきり記憶している。真顔だった。そこには何の感情もなかった。無である。ただ、顔は心中を語っておらず、実際は恐怖でいっぱいだったらしい。この一件以来、ニアはスパイダが苦手になってしまったのだ。ほぼ俺が原因である。
とまあ、そんなことがあったのだ。
「今頃ニアの両親、心配しているだろうな。帰って来ないから」と俺は言った。
「そうね。普段ならもうとっくに家に居る時間だわ。でもあの人たちが心配しているのは私じゃない。自分たちの将来よ」ニアは俯いてしまった。
何て言えば良いのか、全く分からない。俺にはものごころついた時から、親なんていなかった。俺はどうして、彼女の両親のことを話題にしてしまったのだろうか。
「た、楽しみだよな」俺は話題を変えることにした。
「え?」ニアは首を傾げた。
「これからのことだよ。最初は色々大変だろうけどさ。2人なら何とかなると思って。スパイダはちょぴり怖いけど」
もう少し、ましなことを言えないものか。
「えぇ、スパイダはちょっぴり、いえかなり怖いわ」ニアの沈んでいた顔が綻んだ。「ラハンまで、洞窟を通ったりする?」
「いや、通らないよ」
「そう、それは良かったわ」
ふう、笑ってくれて良かった。気分の沈んだ旅なんて嫌だからな。
「空も随分暗くなってきたみたい」ニアは席を立ち窓辺に立った。「そろそろ旅立っても良いんじゃないかしら」
窓を見ると、彼女の言う通りすっかり暗くなっている。夜とはいつもそうである。いつの間にかなっているのだ。
俺は椅子から離れ、彼女の傍に立つ。
「うん、そろそろいい時間だ。何だか緊張してきたな」俺は肩を回した。
「私の魔法でほぐしてあげるわ」彼女はいたずらっぽく笑う。
「余計がちがちになっちまうよ」
小屋を後にした俺たちは、村の外壁まで歩いた。雑草が刈られることなく生えていて、手入れもされていない。そんな人気のない場所だが、俺とニアはあたりを見回す。
「よし、誰もいないみたいだ」俺はニアに背中を向けてしゃがんだ。「おんぶするよ」
「お姫様だっこが良いわ」後ろからニアのわがままな声が聞こえる。
お姫様抱っこか。お姫様抱っこってどうしてお姫様抱っこと言うのだろうか。まあどうでも良いか。
「よっと」俺はニアをお姫様抱っこした。
「ねぇ、重い?」ニアは恥ずかし気に言う。
「花びらぐらい軽いよ」
「そう、なら良かったわ」
俺はもう一度、周囲に誰もいないことを確認する。
「少し衝撃強いから、我慢してくれよ」と俺は言った。
「うん。分かったわ」ニアは俺の首元に手を回す。
俺は
「ここからラハンまではどれくらい掛かるの?」とニアは言う。
「時々休みながら君を抱えて走れば、半日ぐらいで着くんじゃないかな。とは言っても、夜は危険なモンスターが多い」俺は東に目を向けた。巨大森林が俺の目に映る。ラハンはこの森を抜けた先にあるのだ。
いよいよ、この村ともおさらばだ。俺は何となく後ろを見たが、あるのもちろんただの外壁のみである。1つの感慨も湧かない。ニアともお別れしていたら、それを悲しむくらいのことはしただろうが、実際はそうではない。ニアは俺の隣にいるのだ。
「今日は巨大森林の木の上で野営しよう。木の上ならモンスターも襲って来れない」と俺は言った。
「あんな高いところで寝るの?」ニアはそう言って森へ視線を移す。
そういえば、ニアは高いところが苦手であったな。
「大丈夫だよ。俺はあの森に生えている大木の頂上に登ったことがあるんだ。そこら辺の家より広かったぜ、頂上は。どんなに寝相が悪かったって落っこちることはないさ」俺がそう言うと、ニアはほっとしたような表情になった。
「寝心地は?」と彼女は俺の顔を見た。
「残念ながら、あまり良くないと思う」
「我慢するしかないわね」
「そうだな。少しの辛抱だ」
俺は再び、ニアをお姫様抱っこする。今度は
「それじゃあ一気に森まで駆けるぜ。目が乾かないようちゃんと瞬きするんだよ」俺は大げさに何度も瞬きした。
「えぇ、分かったわ」ニアは俺に身を預けた。
かくいう俺も気を付けなければ。正面向いている俺の目が一番乾きやすいからな。ゴーグルが欲しいところである。ラハンで金を稼いだら真っ先に買おうと俺は心に決めた。
「ラハンに行ったらさ」と俺は言う。
「ラハンに行ったら?」彼女は俺の言葉を繰り返した。
「おい!」と背後の離れた距離から怒鳴る声が聞こえた。
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