深夜。つなぎに身を包んだへとへとの君は、公園に入ってすぐ、目を見開いた。

 滑り台の降り口の先っぽ。スーツを着て、髪を短くまとめた栞さんがチューハイを片手にぼんやりとしていた。

 君は、すぐさま目線を離して、何事もなかったような顔で公園を横切りつつ、入ってきたのとは反対側の出口の方へと歩いていく。

「たーいちゃん」

 甘ったるい栞さんの声。君は一瞬、体をびくっと震わせたけど、すぐにまた歩を進めようとした。

「おーい、たーいちゃん。中川泰介くぅーん。君の大好きな栞お姉ちゃんだよぉ。ほらほら、こっちにおいで。悪いようにはしないからさ。おい、いいからこっちこいって。こら、無視すんなぁ」

 執拗な呼びかけに、君は苦虫を噛み潰したような表情で、滑り台へと近付く。途端に、栞さんは気分が良さそうに紅潮した顔をあげた。

「ひっさびさだねぇ。てか、無視とかひどくない?」

「話しかけない方がいいんじゃないかと」

「えっ、なんで? あたしら幼なじみだよ。顔を合わせたら声くらいかけてくんないと。そんくらい、常識でしょ、じょーしき」

 君はとてもとても頭が痛そうな顔で、そっすね、と呟いてから溜め息を吐く。

「そんなんじゃ、幸せが逃げちゃうよ。ってか、なに。その借りてきた猫みたいな言葉遣い。昔みたいにタメ口でいいって」

「へいへい」

 君は気のない声で応じながら、栞さんから少し離れたところに立つ。栞さんは、そんな君の姿を上から下まで何度も眺めまわしてから、

「それにしても、おっきくなったねぇ。お姉さん感激ですよ」

「そりゃ、どうも」

「けど、可愛げがないのはいただけないね。こんなに小さかった頃のたいちゃんはどこにいっちゃたのかな?」

 自らの膝くらいのところに撫でるように掌を出した栞さんに、君は憎々しげな眼差しを送ったあと、すぐさま目を逸らした。

「さあ」

「ううん。やっぱ、可愛げがないなぁ。いやだねぇ、大人になるってのは」

 少しだけ忌々しそうに呟いた栞さんは、チューハイをグイっとあおった。君はそれを呆れた様子で見守りながら、じゃあこれで、と踵を返そうとする。

「待った待った待った! もうちょい、お姉さんの酒に付き合ってくれよぉ」

「……明日も朝、早いんで」

「あたしも早いから、道連れってことで」 

 立ち上がった栞さんは缶を持ってない方の腕を君の首の後ろに回した。君は振り払う素振りをみせたけど、幼なじみの表情を見てから、動きを止めた。

「できるだけ、早く帰ろうな」

「つれないなぁ。まだまだ、夜ははじまったばかりだぜ」

 声を弾ませる栞さんの目元には泣き腫らした痕が見てとれる。君は幼なじみを運ぶようにして、滑り台近くのベンチへと歩いていく。

「たいちゃん」

「なに?」

「おっきくなったね」

 しみじみと呟く栞さんの声に、君は苦笑いを浮かべた。

「そりゃあね」

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