Ⅸ
夜。つなぎに身を包んだ君はブランコに深く座り込んで、缶のブラックコーヒーを口にしている。その隣では、髪を金色に染めた佐藤くんがおもいきり立ち漕ぎをしていた。
「どうよ、お前の方は?」
黒い皮ジャンに同色のジーンズを合わせた佐藤くんの言葉に、君は缶から口を離し、どうもこうも、と応じる。
「寝て、起きて、バイトに行って、帰って、飯食って、風呂入って、寝る。毎日、その繰り返し」
「いや、それはわかってるから、もっと細かい仕事ことを聞きたいんだって」
「しんどい」
これくらいで勘弁してくれ。君は佐藤くんにそんな目を向けた。佐藤くんの方も空気を読んだらしく、そっか、とより漕ぐ力を強める。
「おれの方はな」
「別にいい」
「いいから、聞けって。まったく、お前は昔から、ほんとつれないやつだな」
ぼやくようにそう口にする佐藤くんの顔は、どことなく楽しそうだ。
「大学でテニサーに入ったんだけどさ」
「お前、運動神経ゼロじゃん」
「まあ、聞けって……俺と同じくらい運動のできないやつが多い、ゆるゆるなサークルでな。急かす人もあんまいないし、毎日行かなきゃいけないとかもない。とにかく自分のペースで体を動かすのはなかなか楽しいぞ」
「ふぅん」
興味なさげな顔をする君。佐藤くんはブランコに座り直したあと、それだけじゃないんだぜ、と口にする。
「とにかく、可愛い女の子が多いし、俺みたいな不細工相手でもけっこう楽しく話してくれる。なんなら、俺が盛り上げ役といっても過言じゃない。まぁ、なんだムードメーカーってやつか!」
「お前、昔からそうじゃん。ずっと友達多いし」
君の素っ気ない突っ込みに、佐藤くんは、そうだけどそうじゃないんだよ、と答えながら足でブランコにブレーキをかける。
「同級生で脈がありそうな子がいてな。実は今度、一緒に買い物に行くことになったんだ。その時に一緒に映画見ようって誘われててさ。なっ? これって完全に脈ありだろ」
「そうかもな」
気のない君の返しに、佐藤くんは気を良くしたのか、そうだろそうだろ、と我が意得たりといった感じで、来るデートへの展望やその先の未来予想図を延々と語りはじめる。
君は公園の出入り口に目を向けるが、そこには誰もいない。次に少し古びた滑り台へと目を向けたが、子供が遊ぶ時間帯でもないので、遊具はただただそこにあるだけだった。そんな君の目線の先に気付いたらしい佐藤くんは、一転して落ち着いた顔をして、まあなんだ、と口にする。
「お前も色々あるんだろうけど、もっと幸せになろうとしてもいいんじゃないか?」
佐藤くんの言葉を、君は煙たそうな顔で受けとめてから、
「余計なお世話だ」
短く応じる。佐藤くんは、そうかもな、と俯き気味に苦笑いを浮かべる。
「けど、友達にはなるたけ、楽しくいて欲しいからな」
「なんだそりゃ」
君は気味が悪そうな顔をしたあと、静かにコーヒーを一口飲んでから、思いきり顔を顰めた。
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