夜。つなぎに身を包んだ君はブランコに深く座り込んで、缶のブラックコーヒーを口にしている。その隣では、髪を金色に染めた佐藤くんがおもいきり立ち漕ぎをしていた。

「どうよ、お前の方は?」

 黒い皮ジャンに同色のジーンズを合わせた佐藤くんの言葉に、君は缶から口を離し、どうもこうも、と応じる。

「寝て、起きて、バイトに行って、帰って、飯食って、風呂入って、寝る。毎日、その繰り返し」

「いや、それはわかってるから、もっと細かい仕事ことを聞きたいんだって」

「しんどい」

 これくらいで勘弁してくれ。君は佐藤くんにそんな目を向けた。佐藤くんの方も空気を読んだらしく、そっか、とより漕ぐ力を強める。

「おれの方はな」

「別にいい」

「いいから、聞けって。まったく、お前は昔から、ほんとつれないやつだな」

 ぼやくようにそう口にする佐藤くんの顔は、どことなく楽しそうだ。

「大学でテニサーに入ったんだけどさ」

「お前、運動神経ゼロじゃん」

「まあ、聞けって……俺と同じくらい運動のできないやつが多い、ゆるゆるなサークルでな。急かす人もあんまいないし、毎日行かなきゃいけないとかもない。とにかく自分のペースで体を動かすのはなかなか楽しいぞ」

「ふぅん」

 興味なさげな顔をする君。佐藤くんはブランコに座り直したあと、それだけじゃないんだぜ、と口にする。

「とにかく、可愛い女の子が多いし、俺みたいな不細工相手でもけっこう楽しく話してくれる。なんなら、俺が盛り上げ役といっても過言じゃない。まぁ、なんだムードメーカーってやつか!」

「お前、昔からそうじゃん。ずっと友達多いし」

 君の素っ気ない突っ込みに、佐藤くんは、そうだけどそうじゃないんだよ、と答えながら足でブランコにブレーキをかける。

「同級生で脈がありそうな子がいてな。実は今度、一緒に買い物に行くことになったんだ。その時に一緒に映画見ようって誘われててさ。なっ? これって完全に脈ありだろ」

「そうかもな」

 気のない君の返しに、佐藤くんは気を良くしたのか、そうだろそうだろ、と我が意得たりといった感じで、来るデートへの展望やその先の未来予想図を延々と語りはじめる。

 君は公園の出入り口に目を向けるが、そこには誰もいない。次に少し古びた滑り台へと目を向けたが、子供が遊ぶ時間帯でもないので、遊具はただただそこにあるだけだった。そんな君の目線の先に気付いたらしい佐藤くんは、一転して落ち着いた顔をして、まあなんだ、と口にする。

「お前も色々あるんだろうけど、もっと幸せになろうとしてもいいんじゃないか?」

 佐藤くんの言葉を、君は煙たそうな顔で受けとめてから、

「余計なお世話だ」

 短く応じる。佐藤くんは、そうかもな、と俯き気味に苦笑いを浮かべる。

「けど、友達にはなるたけ、楽しくいて欲しいからな」

「なんだそりゃ」

 君は気味が悪そうな顔をしたあと、静かにコーヒーを一口飲んでから、思いきり顔を顰めた。

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