Ⅱ
「ねぇ、きいてよ。シオリちゃん」
夕方。黒いランドセルを背負った君は、滑り台の上から栞ちゃんに話しかける。
「なにがあったの?」
栞ちゃんは、またか、とでも言いたげに君を見上げながら答える。
「また、サトウのやつがぼくをバカにしてきたんだ」
「今度はなにを言われたの?」
相槌こそ打っているものの、栞ちゃんには君のこれから言おうとしていることがわかっているのか、どことなく、受け答えがぞんざいだった。
「シオリちゃんとあそんでるのをバカにしてくるんだ」
「そっかぁ」
「女とあそぶなんて、きもちわるいやつだって。ねぇ、ひどくない? ひどいよね?」
念押しする君に、栞ちゃんは繕ったような微笑みを浮かべる。
「たぶん、そのサトウくんは、もっとたいちゃんと遊びたいんだと思うよ」
「どういうこと?」
ポカンとする君に、栞ちゃんは、小さく溜め息を吐いた。
「前にも言ったと思うんだけど」
「なんか、言われたっけ?」
君の返答に、栞ちゃんは掌で顔を覆う。
「いい。たいちゃんとあたしが遊ぶでしょ。そうするとサトウくんがたいちゃんと遊ぶ時間が減っちゃう。だから、サトウくんには、あたしとたいちゃんが遊んでるのがおもしろくないんでしょ」
栞ちゃんの推測に、君は、やっぱりよくわかんない、と答えた。
「だったら、ぼくにちょくせつもっとあそびたいって言えばいいじゃん……いや、もしかしたら言われた、かも?」
佐藤くんとの会話を思い出したらしい君に、栞ちゃんは、そうでしょう、と呆れ気味に言う。
「サトウくんに遊ぼうって誘われても、たいちゃんはそれを断わって、あたしと遊んでる。それは、サトウくんにはおもしろくないよ」
「だって……ぼくはシオリちゃんとあそびたいから」
頬を栗鼠みたいに膨らます君。栞ちゃんは苦笑いを浮かべ、滑り台の階段を昇りはじめる。
「いっそ、サトウくんとも一緒に遊ぶっていうのはどう?」
「やだよ。だって、きもちわるいって言われたんだよ。そんなやつとあそびたくない」
「たぶん、いきおいあまって言っちゃっただけだよ。誘ってみれば一緒に遊べるって」
「いやだよ。あんなやつ」
「もう、たいちゃんは。しょうがないなぁ」
君は後ろから栞ちゃんに抱きすくめられる。その際、風で栞ちゃんの髪がたなびく。
「くすぐったいよ、シオリちゃん」
「友だちは……大事にした方がいいよ」
栞ちゃんの言葉に、君は複雑そうな顔をした。
「なんでそんなこと言うの?」
「たいちゃんには、色んな人と仲良くして欲しいから、かな。たいちゃんのお母さんもきっとそう思ってるんじゃないかな」
どこかおぼつかない言葉を口にする栞ちゃんは、困ったような眼差しを君の後頭部にそそいでる。
「シオリちゃんだけ、いてくれればいいよ」
君の答えに、栞ちゃんは悲しげに目を細めた。
「きっと、楽しいよ。あたし以外の子と遊ぶのも」
「絶対、シオリちゃんとだけいる方が楽しいよっ!」
君が声を張りあげると、栞ちゃんは天を仰いだ。
「困ったなぁ……」
あからさまに面倒くさそうな栞ちゃんの表情は、君からは見えないまま。君はたぶんそれに気付かないで、延々と栞ちゃん以外の物事への文句を口にし続けていて……
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