第49話 エピローグ
はっと目を開けると、見慣れた天蓋が映った。
薄っすらと明るくなった部屋は、静かな朝を迎えている。
(生きてる…)
神様の言質は取っていたけど、そんなことが頭を過ぎった。
今日は三月一日。
年次の修了式、そして乙女ゲーム「ニジマス」のエンディングの日である。
◇
今日は午前中に修了式があり、それが終われば三月いっぱいの春休みに入る。今回の長期休みはヘリオスくんや友人達との予定が沢山組み込まれていて、何だか不思議な気分だ。大体いつも一人で過ごしていたのに、いつの間にか約束を交わすような知り合いが増えている。
私自身は特に何もしてない気がするが、モブなりに波瀾万丈な一年だった。
…なんて、そりゃあ感慨深くもなる。
修了式が行われる講堂に向かう道すがら、走馬灯の如く色んな人に出会えば。
「おはようございます、イチノ様!」
「イーリスさん。アキレウスさんも、おはようございます」
「おはよう」
続いてはヒロインとヒーローが来た。
先日の
「こんな所で何ですが、ご婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます。もうご存知なんですね」
噂に詳しいネフェリンに朝一で聞いたからね!
とは言えないので「ええ」とだけ返す。嬉しそうに微笑むイーリスさんは相変わらず天使だ。
イーリスさんとアキくんは本日付で婚約。ニジマス公式のハッピーエンディングである。
これはもう本当におめでたい。達成感で胸がいっぱいになるというものだ。私は何もしてないけど。
二言三言話して彼女達と別れると、視界の端を鮮やかな赤い髪がなびく。
「イーリスちゃん、待ってえ。私も一緒に行くわー」
おっと、あれはフェニックス王国の第三王子殿下。今日も妖艶な魔性のアカリちゃんだ。心なしかアキくんの表情が強張っている。苦手なんだろうか。頑張れアキくん。
攻略対象と言えば、走馬灯の最初にシュレーディンガー先輩を見かけた。近くでご尊顔を拝見したのは初めてだったが、攻略本の通り確かにクールビューティー眼鏡だった。グレーがかった銀髪のワンレングス、翡翠色の瞳。頭脳明晰さを引き立てる細い眼鏡がよく似合っている。
そして彼だけ三年生だったから、もう卒業してしまう人だ。今となっては少し寂しくもある。ファンクラブ会員らしきご令嬢達も泣いていた。
「イチノさん!」
「ケントさん、メリーさん。おはようございます」
今度は友達だ、ホッとする。
メリーさんと目が合うと控えめな笑顔をくれた。クルマ娘マジ最高。
「おはようございます。イチノさん一人ですか? ヘリオス様は?」
「ヘリオスくんは講堂の準備の手伝いで先に行ってるんです」
「そうなんですね。よかったら一緒に行きませんか…?」
はあ、メリーさんは可愛いな。じゃなくて。
「ありがとうございます。でも今日は一人で歩きたい気分なので、遠慮しておきます」
「分かりました。また後で会いましょうね」
「はい」
今やランチメンバーは全員、私のソロタイム好きを知っている。友人達は皆がそれぞれと丁度いい距離を掴んでいて、とても居心地がよかった。
「メリー、行こう」
「はい」
うーん、微笑ましい。
彼らは漸く恋人同士となっていた。
「ねえキミ、可愛いね。春休みって予定空いてる?」
「えっ? あの、私…」
うわあ、ナンパに遭遇したぞ。
ちょっと離れてるけど視界に入ってしまった。
(って、あれはサンディーさん?)
あの可愛い三つ編み、久しぶりだなあ。
なんて言ってる場合じゃないか。困り顔だし、一人きりみたいだし。
と、私が踏み出そうとした時。
「申し訳ありませんが彼女は忙しいので、貴方に構っている暇はありません」
「エイチャン!」
どこからともなく現れたエイチャンさんが、ぐっとサンディーさんの肩を抱き寄せた。サンディーさんは心底安心した様子で目を輝かせている。
うん、分かるよ。超かっこよかったね今。エイチャンさん凄い。
「そ、そっか。残念だな。それじゃ、ごきげんよう…」
ナンパ男はエイチャンさんの迫力に負け、そそくさと行ってしまった。
仲の良い彼女達を見送りつつ、先ほど最も有名なラブラブカップルを遠目に見たことを思い出す。勿論、王太子殿下とローズマリー嬢だ。今日も今日とて二人して神々しいオーラを放ち、沢山の生徒がそれとなく周囲にくっついて歩いていた。
「イチノ、まだ講堂行ってなかったんだ」
よく知った声に振り向くと、アサヒが軽く手を振っている。
「うん。のんびり歩いてたから」
それに答えて彼女の隣りを見やれば、目が合ったオーノくんが微笑んだ。
「ヘリオスは先に行ってるんだよね。イチノさん、一緒に行く?」
「いや、大丈夫です。まだ時間あるのでゆっくり行きます」
オーノくんの気遣いに感謝しつつ、首を横に振る。彼はすっかりヘリオスくんと仲良くなり、私とも気軽に話すようになった。ヘリオスくんは自分がそばにいない時は、オーノくんを頼るようにと私に言うくらいである。
「じゃあ先に行ってるね」
「うん、また後で」
ネフェリンはと言うと、教室までロキ様が迎えに来た。相変わらず鋭い眼光の忍者だったが、基本的には物腰柔らかで優しい。しかし、むしろそれが末恐ろしさを煽っている。
…なんてことは言えない。とりあえず、お付き合いはまだの模様。
走馬灯が終わり講堂に足を踏み入れると、もうほとんどの生徒が集まっている。
「イチノ」
少し堂内を見回したら、すぐにヘリオスくんが来てくれた。
「ヘリオスくん。すみません、のんびりし過ぎて遅くなってしまって」
「いや。まだ始まってないから大丈夫だよ」
そう言ってヘリオスくんは、するりと私の手を取る。
微笑む彼の眼差しは明るく温かく、太陽のような人だと思った。
修了式はつつがなく終了して、乙女ゲーム「虹色の恋☆魔法マスター」の物語は一旦ここで幕を閉じる。
でも私達はこれからも、今ここにある世界を生きていくのだ。
<了>
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