第47話 バトルの後
クリスタルさんの治癒魔法の強烈な光がおさまって目を開けると、自分の作った風の防壁がキラキラと輝いていた。
えっ何これ、もしかしてクリスタルさん?
と思った所で、そのクリスタルさんに声をかけられる。
「シーリオ様! 大丈夫ですか?」
「あっはい。大丈夫です」
魔法を解いてロゼッタ嬢から手を離しつつ、私はサッと彼女の様子を確認した。
ぱっと見、外傷はない。立っていられるようだし、具合が悪そうでもない。防壁の中で何らかの侵入を感じることはなかったから、私と同様に無事そうだ。
そして
「今の結界、ヘリオス様の魔法ですね」
「えっいや、私が風魔法で…」
あ、じゃなくてキラキラ効果のことかな。ということは、ヘリオスくんが近くにいるのだろうか。しかしきょろきょろと周囲を見回しても、彼の姿は見えない。
「ヘリオス様の魔法がかかったものをお持ちでしょう? それがシーリオ様の防壁魔法に反応して、結界を強化してましたよ」
「ま、…本当ですか? 持ってます」
マジで!?
と声を上げそうになった。ちょっと漏れたけどセーフ。
「でも運が良くなるって聞いただけだったので」
そう続けながら、お守りハンカチを取り出してクリスタルさんに見せてみる。
「私もヘリオス様の魔法を読み取るのは難しいんですけど、えっと…平常時は日常生活に差し障りない程度の幸運をもたらし、非常時はシーリオ様の意思を尊重しつつ守護するって感じみたいですね。効果はシーリオ様にしか現れません」
「…………ヘリオスくんって本当に凄いんですね」
気が遠くなるような繊細な魔法だ。凄すぎて意味が分からない。
施された魔法の詳細を読み取るには、一般的に相応の魔力が要る。その魔法が複雑であればあるほど、魔力の低い人には解読不能なのが普通だ。
但し、電子レンジ魔法みたいな化学イメージ(電磁波とか)を含む魔法の場合、その部分の仕組みを解析できるのは、そうした化学知識のある人のみと思われる。
これは先日、無事に特許取得できた私の経験による見解だ。魔力が高くても想像力が及ばなければ識別できないし、魔力が低い人でも知識が豊富なら内容把握だけは恐らく可能だと思う。
何にせよ、これほどの魔法を察せられるはずもなく、私はお守りハンカチの全容など知らぬままに所持していた訳である。別にそれは構わないのだが、改めて彼は大魔導師様の後継者なのだと実感した。主役陣のステータス半端ない。
「凄いに決まってるじゃない。離れていてもわたくしを守ってくださったのよ?」
「えっ、それは違…」
「ロゼッタ嬢、君はヘリオスとその関係者との接触を禁止されているはずだ。イチノ嬢に近づくな」
クリスタルさんの言葉を遮り、アキくんが刺々しく言い放つ。騎士モード全開のアキくんめっちゃ怖い。というか元々突っ込んできたの私なんで、すみません。
「彼女のほうが私に飛びついてきたのよ。貴方は恋人に夢中で気づかなかったでしょうけど」
「あの、その節は大変申し訳ありませんでした」
火花を散らすアキくんとロゼッタ嬢に青ざめながら、私は恐る恐る声をかける。するとロゼッタ嬢がこちらに向き直り、自身の長い髪を手で払った。
おおう、とっても悪役令嬢っぽい。
…などと逃避して、威圧感に耐える。
「さっきのは冗談よ。世話をかけたわね」
「いえ、とんでもないです。あの、どこか具合が悪いところなどは」
「ないわ」
「そうですか。良かったです」
私は改めてホッと胸を撫で下ろした。
「お二人とも、あの黒いモヤをご存知ですか?」
そこへクリスタルさんが尋ねてくる。私が突入してきた件は特に気にしていないみたいだ。たまたま遭遇して助勢に来たと思ってくれているのだろう。間違ってはいないが、途中まで傍観を決め込んでいたのが心苦しい。
「貴方達の知り合いではなくて? ヘリオス様や殿下のことも話してたわ」
「知らないです」
「私達も分からないんです。…アキくんのことも知ってたね」
「ああ。だが俺はあんなものはこれまで見たことがない」
クリスタルさんが控えめにアキくんを窺うのは、多分
(攻略本……)
あれ? 何だろう。いま何か頭に浮かんだような。
「私、先生に報告に行きます。皆さんも一緒に来てくれませんか?」
クリスタルさんがまっすぐな瞳で問いかけてくる。
辺りはすっかり元の空気を取り戻し、いつの間にか他の生徒達の賑やかな会話が耳に響いていた。
◇
結局、黒いモヤの正体は突き止められなかった。
モヤが名前を出した殿下とヘリオスくんにも聞き取りが行われたが、当然二人とも知る由もない。そして水面下では結構な騒ぎとなり、大魔導師アイテル様も黒いモヤの調査に加わったとのこと。
しかしそれでも、アレが何なのかを特定するには至らなかった。
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