第43話 終わっていた事件
冬休みが明けたら、友人達と話したいことが沢山あった。
マックスウェル伯爵領で(現世では)初めて海を見たことや、それはもう圧巻の大きな湖があったことなど。ニンマル神宮に行くと言っていたアサヒのお土産話も聞きたい。王都に残っていたケントさんとメリーさんは進展があっただろうか、なんてことも気になる。
そして短期間だというのに家から要請され、渋々領地へ戻ったネフェリンの無事な姿を確認したい。それは単純に、目に見える状況を踏まえての心配だった。
しかし冬休み中に事件は起こっていた。
安心して欲しい、ネフェリンは無事である。
では事件とは何か?
なんと、ブラットアノルマーレ侯爵家が没落した。ネフェリンと婚約していたポール氏の裕福な実家が。
私の旅行話なんぞ披露している場合ではなかった。
◇
久しぶりに街のお店に出向いた私、アサヒ、ネフェリン。
「疲れたわ…」
「大変だったね、お疲れ様」
「力になれなくてごめんね」
私達の言葉にネフェリンは緩慢に視線を上げ、苦笑した。疲れ切った様子ではあったけれども、その雰囲気はとても軽やかで明るいものに変わっている。
「いいのよ、気にしないで。私、二人がいてくれるだけで心強かったんだから」
そう伝えてくれるネフェリンの笑顔は輝いていて、やっぱり美少女だなと改めて思った。
ブラットアノルマーレ侯爵家没落の理由は、ケシの不正栽培及びそれにより得た麻薬の密売。繫殖力が強い植物なのをこれ幸いと、広大な侯爵領いっぱいに栽培していたらしい。作業に従事する領民には、それが何なのかを知らせずに。
ポール氏の仕事熱心さは麻薬の精製に対するものであり、関係者として当然お縄にかかった。
そしてセザリ子爵家の他、当家と関係があった貴族は一様に国の調査を受ける。一部の貴族は麻薬の売買があって同様に逮捕されたが、セザリ子爵家と大多数は無関係と判明した。かの侯爵家の主な取引相手は、独裁国家のアルケケンジ国だったと言う。
アルケケンジ国は、海を挟んだ西の大陸を大きく占める国である。シルフィード王国との間にはまた別の国がある為、隣国ではない。加えてかの国の長年の悪政により、うちの国とはあまり交流がなかった。しかもここ最近は、更に妙な話が囁かれている。
アルケケンジ国には、昔から光属性を持つ人がいない。故に魔法に頼らない軍事力を強化してきた国なのだが、やはりそれだけでは強力な魔法に劣ると考える。そこでアルケケンジ国は、同国内で有名な伝説を再現しようとし始めた。その伝説とは遥か昔、どこからともなく救世主が現れて国を守ったというもの。つまり、救世主を呼び出そうと試みている。どうやってかは不明。
…なんて噂が少し前から、シルフィード王国で笑い種にされていた。この国にも似た話はあれどファンタジー扱いが常であり、本気で信じている人はほぼいない。その為、アルケケンジ国の元々の悪評も相まって、いいネタとされている。
まあとにかく、そんな相当アレな国とこっそり繋がっていたらしい。
とんでもない侯爵家だ。
「うちは何かあった時、罪をなすりつける為に用意された駒だったのよ」
選ばれたのは偶然でしかなかった、とネフェリンは話す。
経営難の子爵家だから、言うことを聞かせやすいと思ったのだろう。その割に罪を被せる仕込みはまだ行われておらず、セザリ家はその思惑から外れることができた。勿論、婚約云々は消滅。
「お父様は肩を落としてたけどね。資金援助の予定が潰れちゃって」
「何か言われなかった? 大丈夫?」
「それが意外なことに何もなかったの。絶対八つ当たりしてくると思ったのに」
「そう。それならいいんだけど」
流石のセザリ子爵も、難を逃れた状況は理解しているということか。何にせよ、ネフェリンがそういった意味でも無事なのは良かった。
「でもこれで堂々とできるわ」
そう言いながらネフェリンは、愛おしそうに左手のミサンガを撫でる。それはこれまでのポール氏の色ではなく、黒とオレンジの二色だった。
「私、ロキ様が好きなの。応援してくれる?」
少しはにかんで告げる友人の姿に、私とアサヒはちらりと互いを見やる。
「「うん」」
どうか彼女の恋が上手くいきますようにと、私達は笑顔で大きく頷いた。
ロキ様がネフェリンに近づいた目的の一つに、今回の事件に関することがあったのは恐らく間違いないだろう。でも攻略本に彼はとても優秀な忍だとあったから、ネフェリンが何も知らないことはすぐに判明したはず。それでも尚彼女のそばにいたのは、念の為に監視を続けたともとれるけれど。
きっと、無関係のネフェリンを守ろうとしてくれたのだ。
私には、そんな風に感じられた。
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