第40話 隣国の王子様


 ホアカリ・フェニックス。北隣に位置するフェニックス王国の第三王子。

 魔法属性は火、魔力は強+。二年生。

 ヒロインが会いたいと口にすれば魔法学園に留学に来る。

 キーとなる言葉は厳密ではなく、その意図が表れていればよい。




 私は一体、何を見ているのだろうか。



 今日のランチは女子だけだったので、たまにはとカフェに来ている。アサヒ、ネフェリン、メリーさんと四人でテーブルを囲み、それぞれのご飯を食べ始めようとしていた。


 そこへなんとローズマリー嬢とクリスタルさんが、見たこともない妖艶な超イケメンを連れてやって来たのである。すぐ隣りではないけど、そこそこ声が聞こえるくらいには距離が近い。周囲の人達も、そのキラキラ具合に目を見張っていた。


 しかし一変したそんな空気などどこ吹く風で、主にローズマリー嬢とイケメンは和やかに席についている。そして耳に飛び込んできたのが、


「ローズちゃんもイーリスちゃんも、いっぱい食べなきゃ駄目よお?」


 という、超イケメンから発せられたお姉さんみたいな台詞だった。


 …お姉さん? お姉さんなのか?


 どこから見ても超絶な美形の男性だが。声も低いし服装も普通に男性で、ドレスやワンピースは着ていない。ただならぬ妖艶な佇まいは年上のお姉さん風だけど、男性でもこういうタイプはいる。だから、ええと?


「フェニックス王国の王子殿下よ」


 二年生の教室によく足を運んでいるネフェリンが、そっと教えてくれた。


 燃えるような赤い髪のロングヘア、美しい紫色の瞳。ゆったりと余裕のある仕草は、整った顔立ちを更に大人に見せる。ニジマスの攻略対象ホアカリ・フェニックス第三王子殿下は、まさかのオネエキャラだった。


(凄い…。ニケちゃんが霞んでる…)


 ずっと遠巻きにしか見たことがなかった、悪役令嬢のローズマリー嬢がこんな近くにいるのに。


 今は乙女ゲーム的な心配がないとはいえ、彼女は王太子殿下の婚約者で公爵令嬢だ。そして私が前世でのアニメ「クルマ娘」の中で二番目に好きだった、ニケエスタードちゃんにそっくりな少女。普段の私ならあらゆる意味で、ローズマリー嬢に釘付けのはずだった。


 しかしながら隣国の王子様のインパクトは、そんな事情など一瞬で木っ端微塵にする。強烈すぎて視線がすぐ彼に戻ってしまうのを止められない。


 …いやいや、そもそも眺めていては失礼だ。私もご飯を食べよう。


「まあー、照れちゃって可愛いわねえ」

「アカリちゃん、駄目よ。イーリスには素敵な恋人がいるんだから」

「髪に触れるくらい、いいじゃない。ローズちゃんに仲良しの友達ができて嬉しいわあ」

「ふふ、ありがとう。イーリスもそんなに緊張しないで大丈夫よ。アカリちゃんはとっても優しいの」

「そうよぅ。貴方みたいなとびきりの美人さんには特にね」

「あ、ありがとうございます。王子殿下」

「やだもう、『アカリちゃん』って呼んでって言ったでしょお」

「は、はい。すみません。あ、アカリちゃん」

「んふふ、かーわいー」


 思わずご飯を噴き出しそうになった。堪えたのを褒めてほしい。

 ちらりと皆を窺うと困惑したり手が止まったりしているものの、全員無事であるようだ。心のうちは分からないが。


(とりあえず良かった…よね?)


 これまでちやほやされていたのをヒロインに乗り換えられて、ローズマリー嬢が不満を募らせる展開とかあったらどうしようと思っていたけど。クリスタルさんは尚もぎこちない様子だが、ローズマリー嬢に話しかけられると表情が和らいでいる。隣国の王子様が加わっても、彼女達の仲は変わらないみたいで安心した。

 こうなるとむしろ、王太子殿下の嫉妬のほうが怖そうである。瘴気の魔女の狙いが殿下にいったらそれはそれでヤバイ。


 まあ流石にそんなことはないかと思いつつ、私は食事を再開した。


「と…ところで、メリーさんはケントくんとどういう所でデートしてるの?」


 場の立て直しを図ったネフェリンが、女子会らしい話題を投げかける。その第一の的になったメリーさんは、身を跳ねさせて動揺を露わにした。

 美少女のこういう反応を可愛く思う気持ちは確かに分かるよ、アカリちゃん。


「わ、私はそんな…デートだなんて…」

「この間、ケントくんと二人で出かけたんだよね。楽しかった?」


 あたふたと言葉を探すメリーさんに、アサヒが答えやすい質問に変えて尋ねる。するとメリーさんは、小さくはにかんで「はい」と頷いた。

 他者からすればどう見ても恋人同士なんだけど、彼女達はまだお付き合いをしていないらしい。恥ずかしいのか、ケントさんもメリーさんもミサンガはつけていなかった。いいねえ、それもまた青春。


「本屋に付き合って頂いて、レイファミの新刊を買ってきました」

「ぐふ…っ」

「イチノ、どうしたの。大丈夫?」


 私は何とかお茶を噴き出す惨事を回避し、アサヒの気遣いにこくこくと首を縦に振る。


「ケントくんも読んでるんでしょ? 何か意外ね」

「気楽に読めるから好きって言ってましたよ」

「これ以上ないくらい納得の理由だわ」


 メリーさんは「レインボー・ファミリー」をとても気に入ってくれている人だ。

 いつも凄く楽しそうに話してくれる為、感謝の念に堪えない。私が著者であることは秘密にしているので直接お礼は言えないけども、心の中ではその都度最敬礼をしている。


「あ」


 そんな折、アサヒが不意に声を上げた。どうしたのかとその視線の先を追うと、そこにはネフェリンの婚約者のポール氏がいた。離れているので、向こうはまだ気づいていない様子。私は一瞬迷うも、控えめにそれを告げる。


「ネフェリン、ブラットアノルマーレ様が」

「……ああ、ご友人と一緒ね。なら別にいいわ」


 そっと背後を振り返って婚約者を確認したネフェリンは、途端に顔をしかめて隠れるように首を竦めた。その反応に何とも言えない空気が流れるが、私達三人は誰も言葉がかけられずにいる。


「私はこの前、ロキ様がとっても素敵なお店に連れていってくれたの」


 沈黙を破ったのは、またしてもネフェリンだ。


「そうなんだ。何のお店?」

「この近く?」


 それに即座に相槌を打つアサヒにつられ、私もいつものように聞き役に回る。


「うん。あのね…」


 嬉しそうに話し始めるネフェリンは、既に婚約者のことなど頭にないかのようだった。


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