第39話 新たなイベント
日々は流れるように過ぎていき、季節は十二月も目前となった頃。
すっかり忘れていた乙女ゲームのイベントが開始された。
『ねえ聞いた? フェニックス王国の王子殿下が留学に来るんだって』
『えっ、そうなの。いつ?』
『何番目の人かによるわね。第三王子が一番イケメンだって聞いたわ』
『来月で、その第三王子よ。二年生のクラスに編入するって』
「という話が聞こえてきたんですが、何か知ってますか?」
木枯らしの吹く林の中。
電子レンジ魔法で温めた大判焼きを手渡しながら、ヘリオスくんに尋ねる。ホカホカのそれを「ありがとう」と言って受け取る彼は、何かを思い出すように宙を見つめた。
「そういえばフレイが言ってたな。『何で急に』って嫌そうに」
「殿下のそういうの想像できないんですけど、仲が悪いんですか?」
フェニックス王国は海を挟んだ北隣の国。シルフィード王国とは一番の友好国である。国交が盛んなので、王族同士が顔を合わせることも多い。殿下が隣国の王子と知り合いなのは当然として、その不穏な様子は一体。
「第三王子殿下がローズマリー嬢を気に入ってるらしくてね」
「なるほど」
美味しいね、と微笑みながら話すヘリオスくんは、相も変わらず麗しい。これに慣れる日は来るのかと思いつつ、私も大判焼きを頬張った。
うん、美味しい。
レグルスはと言うと、私達の間に収まっておやつを食べている。
この便利な電子レンジ魔法について、ヘリオスくんから提案されていた特許申請を先日済ませた。説明と実演の為に王宮に行かなくてはならなかったが、ヘリオスくんの付き添いで何とか乗り切る。説明と言っても電磁波云々は省き、単純に「食品中の水分が温まる空間」を創造する魔法ということで通した。
水属性のニノなら「食品中の水分を温める」というストレートな魔法でいけるのに、あいにく私は「~な空間」という苦肉の策が必要な風(大気)属性だった。しかもそこには現代日本の知識が入っているし、私以外の風属性がこの魔法を使えるかは謎である。
しかし私が先に特許取得しておけば、前述の水属性バージョンの電子レンジ魔法は類似魔法となり、特許の権利行使ができるそうだ。こちらは文字通りの魔法だから使える水属性も多そうだし、思ったよりライセンス料で儲かりそうなのがありがたい。ニノが出願人でもよかったんだけど、ヘリオスくんに却下された。
新規性についてはヘリオスくんにしか話していないし、進歩性のほうも申請時に太鼓判を押された為、恐らく特許は取得できるだろう。
話が逸れてしまった。
フェニックス王国の第三王子殿下の話題に戻そう。
そう、存在すら忘却の彼方だったニジマス攻略対象の一人、隣国の王子様が魔法学園に留学に来る。つまりヒロインのクリスタルさんは、ここに来て漸く条件をクリアしたのだ。
隣国の王子様に来てもらうには、そのままずばり「隣国の王子様に会いたい」と口にすること。すると「呼ばれたので来ました」とばかりに王子様が突然学園に姿を現すという、何ともこの世界らしいご都合主義な展開になる。
何となく隣国の王子様は、物凄く正統派の攻略対象ではないかと感じた。あの温厚な殿下が不快感を示すほど、絶世の美女であるローズマリー嬢への視線が熱いところとか。彼女は殿下の婚約者だと知っているだろうに、これはなかなか素質がある気がする。
何のって、美少女なヒロインを無条件にちやほやするヒーローの素質だ。普通は全攻略対象がそうであるはずなんだが、これまでの人達は全くそんなことはなかった。人によっては接点すらないし、アキくんだって盲目的かと問われると首を捻る。
しかし隣国の王子様ならば、一瞬でヒロインに乗り換えそうな雰囲気だ。
…などと失礼なことを考えながら、お茶を飲んで一息つく。さてもう一口と大判焼きを見つめた所で、横から声がかかった。
「王子殿下が気になるの?」
振り向くとヘリオスくんがにっこりと微笑む。わあ、イケメン。
じゃなくて、若干機嫌悪いな?
最近は多少分かるようになったよ!
「フェニックス王国で気になるのは農産物だけですよ」
これは至って真面目だ。かの国の食料生産能力は凄まじく、シルフィード王国もかなりお世話になっている。北の大地は素晴らしい。
「そう? ならいいけど」
そう言ってヘリオスくんはスッとこちらに身を寄せると、私に唇を重ねた。
「!」
触れるだけのキスは、柔らかい感触を確かめてすぐに離れる。目が合ったヘリオスくんは満足そうで、何だか私がおやつになったような気分になった。
「~~~~っ」
それにしても、本当に慣れない。
ヘリオスくんのスキンシップは基本的に軽度で爽やかだが、煌めき具合が半端ないのである。それこそ彼だってニジマスの攻略対象なのだから。その都度、真夏の炎天下のように顔が熱を持つのも仕方ないと思う。もう冬になるけど。
「フェニックス王国も平和な国だからね。旅行に行ってみたいとは思うかな」
こういう時、ヘリオスくんは特に揶揄ったりはしない。優しい。
「いいですね。レグルスに乗せてもらえば時間も短縮できますし」
と、ありがたく話に乗って答えてから、ふと気がついた。
別に私と一緒に行くとは言ってないのでは?
それなのになんと図々しい我が発言。今度はヒュッと背筋が寒くなる。
「これから冬だし北は寒さが厳しいだろうから、来年の夏休み頃はどう?」
「えっ、そ、そうですね。向こうは涼しいでしょうから、行くには良い時期かと思います」
しかしヘリオスくんは、全く自然な流れで提案してきた。そのことに驚きながらも、心がじんわりと温かくなる。
「楽しみだね」
「はい」
私が当たり前にそばに居ていいんだな、と思えて嬉しかった。
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