第37話 共通点
「「大変申し訳ございませんでした」」
お一人様御用達…ではないカフェに入ると、二人のご令嬢は声を揃えて頭を垂れる。
エイチャン・エンプレアード子爵令嬢。
サンディー・アンプロワイエ男爵令嬢。
以前私の目の前でバケツをひっくり返しながら転んだ子と、それを助け起こした子だった。何事もなかったのですっかり忘れていたが、当時クラスメイトが激昂していたことを思い出してハッとする。
「既にご存知かと思いますが、以前私達はロゼッタ・エクストレム侯爵令嬢の命により、シーリオ様にバケツの水をぶっかけようと致しました」
「いや、知らないです」
水をぶっかける件はそうだろうなと思っていたが、侯爵令嬢に指示を受けていたなんて知らなかった。何で私が知っている前提なんだろうか。そもそも誰だ、そのロゼッタ嬢とやらは。
「ロゼッタ様のこと知らないんですか?」
「すみません、知らないです」
サンディーさんがきょとんとしてこちらを見やるが、基本的に他者に興味がないので、話を聞いたとしてもすぐに忘れてしまうのだ。とはいえ恐らく本当に聞いたことがないと思い、頷いて答える。
「自分はヘリオス・マックスウェル様の婚約者だと言い張る、ひどい妄想癖の令嬢として有名な方です」
「ふっ…!」
変な息が漏れた。紅茶に口をつけてる時じゃなくて一安心。
じゃなくて。知らないそんなの、初耳だ。
「命令の内容はかくかくしかじかで、シーリオ様のみを標的にしたものではありません」
それでか…!
狙われたのは茶髪で茶色い瞳の女生徒。私とクラスメイトの共通点が判明した。こんなありふれた特徴が共通点とか、普通気づかないと思う。
「この度ロゼッタ様がエクストレム侯爵家から縁切りを受けたことを機に、私とサンディーは解放されました。よって私達はこれまでの非礼をお詫びして回っているところでございます」
「は?」
何だって?
今とんでもない台詞が聞こえたけど? 縁切り??
目を丸くする私に、エイチャンさんは淡々と語る。
ダンスパーティーの日、ヘリオスくんを呼んだ声の主はロゼッタ嬢だった。その声が非難めいて聞こえたのは、気のせいじゃなかったらしい。その際はエイチャンさん達もそばにいて、ヘリオスくんが私の手を引いているのを目撃していた。
で、怒ったロゼッタ嬢は私達を追いかけようとしたのだけど、なんと丁度目の前を王太子殿下が通りかかった。勿論、ローズマリー嬢を連れている。
ラブラブな二人に道を阻まれ、ロゼッタ嬢は私達の姿を見失う。周囲は知らぬ間に密集していて身動きがとれず、そうこうしているうちにパーティーは始まってしまった。
苛立ち最高潮のロゼッタ嬢。しかし周りは楽しそうに踊る、踊る、踊る。一際優雅にステップを踏む麗しの王太子殿下は、尚も私達が消えた方向を塞いでいるように見えた。
と、そこでブチ切れたロゼッタ嬢が、あろうことか王太子殿下にグラスの飲み物をぶっかけようとしたのである。顔面めがけて。
しかしながら殿下は華麗な身のこなしでそれを避け、ロゼッタ嬢はいつぞやのサンディーさんのように盛大にずっこけた。
…液体をぶっかけるのが趣味なのか、彼女は。
床に零れる液体、転がるグラス。蛙のような姿勢のロゼッタ嬢。
堪らずといった様子で小さな笑い声が広がる中、エイチャンさん達は助け起こそうと駆け寄る。すると自ら立ち上がった彼女は、無言で踵を返し走り去ってしまった。
一部始終を見ていた人からすると、ロゼッタ嬢が殿下に悪意を向けたのは明白。しかし、つまづいて転んでしまっただけと言われても納得できる状況ではある。加えて殿下も被害は受けていない為、この件は何のお咎めもなく流れていった。
「それでも侯爵家としては勘当に値すると?」
目撃者もいることだし、不名誉な噂に巻き込まれたくないとか。
「いいえ。その後に王宮でしでかした何かが決定打のようですね」
「王宮?」
「詳しくは分かりませんが、父親である侯爵とともに王宮に行き、国王陛下に何やら直訴したとか」
「うわあ…」
凄い行動力だ。
国王陛下ってそんな簡単に会えるものなのか?
「その際、陛下に無礼を働いたことで先代侯爵の我慢の限界を超え、父親共々先代が持つ僻地の小さな男爵領に飛ばされたと聞きました」
「先代侯爵って当代侯爵より力があるんですか?」
「エクストレム侯爵家は先代が大きくした家ですから、最終的な実権は今も先代にあるようです」
それってありなのかと尋ねたかったが、知らないほうが幸せなこともある。
「そして先代侯爵は、その男爵領との関わりを一切断ちました」
「ひえ」
王宮にアポなし突入したっぽい上に会ってくれた陛下に狼藉となれば、その措置も止む無しかもしれない。因みに陛下からのお咎めは、数日間の自宅謹慎だったそうだ。懐が深すぎる。国王陛下万歳。
エクストレム侯爵家の先代は、有名な女傑だという。女傑と言われると聞いたことがある気もした。先代侯爵のオークラ様は一線を退いてからも多大な影響力があり、鶴の一声で対応が決まったらしい。エクストレム侯爵家は、再びオークラ様が領主となる。
オークラ様の息子で当代侯爵だったエドワード氏は、元より能力が低く、問題を起こすこともしばしば。ロゼッタ嬢ばかりを贔屓して、甘やかす人だったそうな。先代は密かに厄介払いの機会を窺っていたとも言われている、とエイチャンさんは話す。
「ロゼッタ様は収穫祭以降ずっと学園をお休みされていますが、そろそろ戻って来られるかと思います。ですが戻られた時にはもう、彼女はエクストレム侯爵家と何の関わりもない男爵令嬢です」
「そんなことがあったんですね」
「私達が謝って回ってるのも噂になってるので、もう全部知ってると思ったんですけど…」
再びサンディーさんに見つめられ、私は苦笑した。普段から噂話はスルーしているが、今は輪をかけて聞こえないよう気をつけている最中だ。気づかなくてすみません。
「私のことは未遂だったのに、来てくださってありがとうございます。色々教えて頂けて良かったですし、もう気にしてませんので」
「そう言って頂けますと、大変ありがたく存じます」
また深々と頭を下げるエイチャンさんは、とても真面目な人なんだろうなと思った。
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