第36話 お祭り後の様相
収穫祭が終わってから暫くは忙しなかった。
普段引きこもっている身としては、落ち着かない日々である。
理由は勿論、私とヘリオスくんの婚約に関する諸々だ。
収穫祭の日、わざわざ家族が王都に集結していたのは、婚約の手続きやら何やらをサクッと済ませてしまう為でもあった。加えてカナリィさんはドレスと一緒に、婚約申込の書状も持って来ていたらしい。用意周到か。
で、帰宅した私の結論が予想通り肯定だったので、折り返し父からマックスウェル伯爵へ承諾の手紙が持ち帰られた。持って帰ったのは別邸まで送ってくれたヘリオスくん。父は彼と初対面だったが、同じ伯爵家でも平凡なうちと大魔導師様の家では大きな差がある為、父のほうが恐縮していた。分かる。
続いて早くも翌日、マックスウェル伯爵夫妻とヘリオスくんが挨拶に来た。淀みない流れである。というか、かのご家族の只者ではないオーラが半端なかった。
ヘリオスくんのお母様は、サラサラの長い黒髪が美しい清楚な美女。顔立ちは日本人的という訳ではないけど、大和撫子って感じがする。名はキヨミ様。あれ、やっぱり日本人?
穏やかで優しくて、うちの母と気が合いそうだ。お母さん、めっちゃ緊張してたけど。分かる。
そして大魔導師アイテル様はと言うと。
ヘリオスくんのお兄さんかな?
と、首を傾げるくらいの若々しさ。四方に跳ねた金髪で青い瞳。それなのに鉢巻が似合いそうな気風の良いイケメンという、あらゆる面で特殊な人だった。
『いやあ、この度はせがれがお世話になりまして』
はっはっは。…なんて陽気な雰囲気に、父は一層身を固くしていた。
何はともあれ大魔導師様だからね。本当よく分かる。
私も胃が荒れ狂うほど緊張したが、ヘリオスくんが見事にフォローしてくれて事なきを得た。毎度お気遣い痛み入ります…。
そんな訳でアイテル様主導のもと話はとんとん進んでいき、顔合わせはつつがなく終了する。国への届け出は、王宮に出入りしているアイテル様が直々にしてくださることになった。一般人が市役所に行くようなノリだったとは言うまい。
そして次の忙しなさは学園内。
収穫祭後は二日間の休みがあり、それからまた通常の学園生活に戻った。朝に学園に向かい授業を受け、終わったら帰宅する。そのスケジュールは変わらない。
しかし当然ながら周囲の光景は様変わり。貴族の耳はどこの壁にも存在し、私とヘリオスくんが婚約したことは朝から既に広まっていた。
まずは折に触れ視線を浴びる。見ず知らずの女生徒に話しかけられる。囁きが聞こえてくる。まあこの辺は想定内なんだけど、意外なことに否定的な声は届いてこなかった。
というのも、何故か急にヨウカンを経営するのが私の家だとつまびらかになり、胃袋を掴まれたのなら納得だという認識になっていたのである。
色々とありがたい話だが、いいのかそれで。皆も和菓子が好きなんだな。
そんな風に過ごしていたら、あっという間に十月も下旬に入っていた。
◇
「じゃあまた明日ね」
「うん、気をつけて行ってきてね」
「ありがとう。大丈夫よ、だってロキ様と一緒だもん」
「そうだね」
「行ってらっしゃい」
本日の授業が終了した放課後。
私はアサヒとともに、これから街にお出かけ予定のネフェリンを見送った。
近頃のネフェリンはとても機嫌がいい。ダンスパーティーで知り合ったという二年生の男子生徒と、頻繫に会っている。友人としての交際だから問題ないとは思うが、同じ二年生の婚約者の目に留まらないかちょっと心配だ。しかし気がかりではあるものの、ネフェリンが元気になったのは嬉しい。
その後アサヒが神社に誘ってくれたが、あまりお邪魔しても悪いので今回は遠慮した。アサヒとオーノくんはお付き合いを始めている。婚約も近々とのことで、こちらは諸手を挙げて拍手喝采だ。彼女も私と同様なかなかの注目具合だが、今のところは平穏で安堵している。
今日はヘリオスくんがアイテル様代理の仕事に行っている為、私は一人だ。
久々にお一人様カフェテリアにでも行こうかと歩いていると。
「ごきげんよう、イチノ・シーリオ様。今、お時間宜しいでしょうか?」
どこかで見たことがあるご令嬢達が現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます