第35話 パーティー会場にて(ネフェリン視点)
何の愛着もないミサンガを見つめ、何度目かの溜息が漏れた。
ダンスパーティーはまだ一曲目が終わったばかりで、周囲は楽しそうに賑わっている。寄り添ったままのペア、パートナーを変える人、グラスを片手に談笑する輪など。
そして私は婚約者とお義理のダンスを一曲済ませ、早々に壁の花。
(もう少し会話ってものがないのかしら)
婚約者となったポール様は、見目麗しいイケメンだ。振る舞いは紳士的だし、女生徒達から注目を浴びてもいる。ただひたすら義務感からの行動なのが伝わる以外は、理想的と言えよう。ダンスが始まる寸前まで友人達と歓談し、一曲終わったら用は済んだとばかりに去っていく人だが。
とはいえ、ブラットアノルマーレ家は裕福な侯爵家。長男で次期領主のポール様も家業に真面目に取り組んでおり、政略結婚としてはこの上ない案件だ。それは重々承知している。だけど。
私だって、素敵な恋をしてみたい。
好きな人と想い想われて、結婚したかった。
それが限りなく望み薄であることは、実家を顧みれば一目瞭然だったが。
私は両親とあまり仲が良くない。父は典型的な男尊女卑の思想で母はそれに従い、弟ばかりを可愛がる。幸い弟グライゼンは優しい子だったので、彼と過ごす時間だけは心が安らぐ。しかし経営難の家業の手伝いは膨大な量で、私は毎日疲れ果てていた。魔法学園に入学し寮生活となった際は、天国のようだと思ったほどである。
その学園で最初に出会ったのが、エフロン・マッセ伯爵令嬢、スージー・フォッラ子爵令嬢、イーサマ・フール男爵令嬢の三人組だ。身分は違えど三人とも仲良しで明るくて、当初はいつも一緒にいた。
でもそれも長くは続かない。理由は話が合わなかったこと。彼女達の話題は化粧やアクセサリーやスイーツ、そして目の保養なイケメン達という、ごく普通の女子だ。私もそうした話題は好きだったけど、それらを自由に手にする資金が彼女達よりずっと少なかった。自然と会話から置いてけぼりになり、蔑まれるようになる。
そうして少しずつ三人から距離を置くようになった頃、たまたま話したのがイチノとアサヒの二人。丁度その時の彼女達は、およそ貴族令嬢とは思えない野菜栽培の話題で盛り上がっていた。
(イチノが人参の美味しさを熱弁してたのよね)
当時を思い出してくすりと笑みが零れる。セザリ子爵領はトマトの栽培が多くてよく食べると話したら、二人とも「美味しいよね」と乗ってきてくれて。彼女達との会話にお金は必要なかった。
ぼんやりと講堂内を眺めていると、近頃めっきり顔を見なくなったケント・バーミリオンの姿が映る。
(あの人、恋人ができたのね?)
イチノにご執心だったはずのケントくんは、大人しそうな風貌の令嬢とダンスを踊っていた。結構いい雰囲気である。イチノにはマックスウェル様のほうがいいと思ってたから別に構わないが、変わり身の早いことだ。しかも何なの、その巨乳。羨ましいわ。
変わり身が早いと言えば、彼の友人カールハインツ・セピアもだ。露骨にアサヒを狙っていた癖に、公爵家の令嬢に気に入られたら速攻で婚約した。アオーロヌル公爵家ってろくな噂がないんだけど、知ってるのかしらね。仲が良いのはまあ、いいなと思う。
「あっごめん、アキくん!」
不意に声が上がったほうを見やると、そこには平民の特例生徒とその護衛騎士を務める男子生徒がいた。寄り添う状況から察するに、ダンス中に平民少女が相手の足でも踏んでしまったんだろう。
それにしても、近くで見ると物凄い美少女だ。
殿方はやっぱりああいう女性が好ましいわよね。例え平民だろうとも。
「問題ない。俺は頑丈なので幾ら踏んでも構わないから、君が怪我をしないようにだけ気をつけてくれ」
「うん、ありがとう」
あの護衛の彼、無表情で怖い人かと思ってたけど、すっごい優しいな?
平民の護衛なんてやらされてるから無愛想になったんだとか言われてるが、多分それは違う。彼は元から無表情かつ、平民少女のことはとても大事にしている。噂なんて所詮は噂だということか。何にせよ、二人の世界で羨ましい。
そういえば、イチノとアサヒはどうしているだろう。二人とも予約が入ってたから、パーティーで会う約束はしていない。邪魔しちゃ悪いしね。学園トップクラスのイケメン達に誘われるなんて、友人として鼻が高いというものだ。
「エイチャン、どうしよう」
「どうもしなくていいわよ。何の指示も受けてないんだから」
近くに来た二人の令嬢の話し声が聞こえる。ロゼッタ・エクストレム侯爵令嬢の取り巻きの子達だ。
しかしそばにロゼッタ嬢の姿はない。ロゼッタ嬢はマックスウェル様を慕っていて、過激な妄想を抱いていることで有名だ。今日イチノは公にマックスウェル様と一緒にいるし、何かあったのではと途端に心配になる。
「追いかけたほうがよかったかな」
「癇癪に付き合って時間が潰れるなんてごめんだわ。私達だって誰か一人とは踊らないと成績に響くのよ」
「そうだね、もう帰っちゃったし…。エイチャン、相手探してきたら?」
「サンディーこそ行ってきなさいよ。変なのに捕まらないように見張っててあげるから」
「エイチャンは優しいね」
「普通よ」
取り巻き二人は大方の予想通り、好んでロゼッタ嬢に付き従っている訳ではないらしい。弱みを握られているという噂もあるが、これはあながち嘘ではないかも。
というかロゼッタ嬢、もう帰ったの?
てっきり、マックスウェル様を延々追い回してるかと思ったのに。でもイチノが無事そうでよかった。
「はあ…」
どこもかしこもカップルばかり。ペアを組んでのダンスなのだから景色としては普通だし、全部が恋人や婚約者同士とは思わないけど。そもそも私だって婚約者と踊ったけど。
それでも、虚しい気持ちが渦巻くのは止められなかった。
「失礼、お一人ですか?」
そんな折。
思いがけず声をかけられ顔を向けると、一人の男子生徒が立っている。
艶やかな黒髪はミディアムウルフ、ややつり目の瞳はオレンジ色。透き通るような肌に洗練された佇まい。余裕を持った表情で微笑むその人は、初めて見る超イケメンだった。
「え、あ、はい」
顔が熱を帯びるのが分かる。
すらりとした相手を見つめると、彼は笑みを深めてこちらに近づいた。
「よかった。もしお疲れでなければ、僕と一曲踊って頂けませんか?」
「わ、私と?」
「はい。先ほど婚約者の方と踊っていらっしゃったので迷ったんですが、暫くお一人のようでしたのでお付き合い頂けたらと思いまして」
滑らかな口調ながらも、彼は少しはにかんで答える。その様子がとても可愛らしくて、言葉にならない衝動が駆け巡った。
(嘘、こんなかっこいい人が私のこと見ててくれたの…?)
ポール様も外見だけは素晴らしいが、この彼はもっともっと素敵だ。侯爵家のポール様は知られた人だから、彼と踊っていた私が婚約者であることはすぐに見当がつくだろう。それを口にされたことに疑問はない。
「私で宜しければ是非」
ちょっと前のめりになってしまった。恥ずかしい。
しかし彼は引くこともなく、嬉しそうに笑って手を差し伸べてくる。
「ありがとうございます。では行きましょう」
その優雅な手を取りながら、私はふと思いついて尋ねた。
「私、ネフェリン・セザリです。貴方は?」
「ああ、申し遅れました。僕はロキ・チェイサーと申します」
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