第34話 気づいた本心


 刺さる。刺さりまくっている。

 女の子達の視線が。



 講堂に辿り着くまでの間も、辿り着いてからも。ヘリオスくんとはずっと手を繋いでいる。やんわりと解放を申請してみるも、あっさり却下された。幸い講堂には既に大勢の生徒が集まっており賑やかだったので、ヒソヒソした小さな声は耳に届いてこない。


(ええい、ままよ!)


 あともう少しでパーティーも始まる。こうなったら開き直って乙女ゲームイベントを満喫してやろう。そう決めた私は、ぐっと力を込めて俯いていた顔を上げた。


 すると丁度振り向いたヘリオスくんと目が合って、彼がいつもと同じように微笑む。


「イチノ、大丈夫だよ。俺がいるから」


 光属性の人は、読心術が使えるんだろうか。


 これまで何度も思ったことが、また頭を過ぎる。まあそれはないはずだけど、何だか急に普段通りに戻った気がして心が軽くなった。


「はい。ありがとうございます」


 ヘリオスくんは変わらない。

 私もそれでいいのだろう、きっと。



「ヘリオス様!」


 そこへ、やや離れた所からヘリオスくんを呼ぶ声が聞こえた。反射的に振り返ろうとするも当のヘリオスくんに手を引かれ、自然と足が呼びかけとは反対方向に進む。


「ヘリオスくん、どなたかが呼んでいらっしゃいますけど…」

「気にしないで。俺は君の他に予定はないから」


 そう言うヘリオスくんの足は止まらない。

 人をかき分けて大分移動した所で、パーティーの挨拶が始まった。




 皆の「やっとか」という空気を読んだかは分からないが、学園長の挨拶は思ったよりあっさり終わる。続いて音楽の演奏が開始されると、周囲の生徒達はこぞって華やかにステップを踏み出した。


(ついに始まった…!)


 凄いな、本物の舞踏会だ。広く明るい講堂。美しい音楽。見渡す限りの美男美女。キラキラした雰囲気。乙女ゲーム全開って感じでしみじみする。


 そういえばクリスタルさんはどうしてるだろう。

 アキくんと上手くいってるかな。


「イチノ」

「わっ」


 そんなマイワールドから連れ戻すように、ヘリオスくんが腰に手を添えてきて思わず声が漏れる。


「俺達も踊ろう?」

「あっはい。あの、足を踏んでしまったらすみません」

「大丈夫。足元を意識しすぎないほうが上手くいくよ」


 引き寄せられて顔が近づく。いつ見てもとびきりのイケメンだ。何かもう逆に現実味がないようにも思えるけど、私は正真正銘この世界で生きている。



 だから。

 同じ世界で生きるこの人を、好きになってもいいのだ。



「もう目を開けていいよ」


 ヘリオスくんの声にそっと瞼を持ち上げると、そこはとある校舎の屋上だった。以前不法侵入して天体観測していた、学園の人気スポット。ヘリオスくんもここがお気に入りなんだろうかと思いつつ、私はお姫様抱っこから解放された。



 あれから何曲か踊ったところで私の非力な身体が音を上げ、休憩させてもらうことになった。するとヘリオスくんに少し移動しようと提案される。ダンスのペア報告は済ませているし踊ったし、人の多さにも疲れていたので賛成した。

 そうして講堂を後にし人目のない所まで来ると、ひょいと担がれる。流れるような動作のお姫様抱っこに言葉もない。更には飛ぶから目を瞑っててと言う。


 そう、なんとヘリオスくんは宙に浮くことができた。

 長時間や高速は無理だけど、ちょっと地面から屋上に行くとかは簡単らしい。


 光属性凄すぎない?


 因みに大魔導師様はそこそこ長い時間を結構な速さで移動ができ、殿下は消費魔力が大きいけど浮くことはできるとのこと。殿下、神々しいにもほどがある。


 ただ、それらは基本的に公にはしていないそうだ。光属性を持つ人は極めて珍しいから、色々あるんだろう。



 そんなこんなでやってきた屋上は、当然誰もいない。講堂のほうから風に乗って微かに音楽が聞こえてくる以外は、静かで落ち着いた夜の風景だ。


「天気が良くてよかった」

「そうですね」


 ベンチに座って空を仰ぐと、雲一つない美しい星空が広がっている。星座マップがないのでどれが何の星座かは分からないが、星の輝きを見ているだけで心が癒された。


「イチノ、これを受け取って欲しい」


 暫く黙って星の光を眺めていると、ヘリオスくんに声をかけられる。


「?」


 視線を移せば、手渡されたのはリボンが掛けられた小さな箱。


「開けても?」

「勿論。どうぞ」


 許可を得てリボンを外し、箱を開けると。

 上品で鮮やかな青色の宝石が僅かな光にも煌々と輝く、シンプルで美しい指輪がそこにあった。


「これ…アローシャマム・ダイヤモンド、ですよね?」

「うん。サイズも合うと思うよ」


 驚きすぎて指輪から目が離せない。サイズ云々もそれはそれで驚くが、自分の手の中にこの宝石が存在することに身が固まる。


「どうやって…」

「ラファール宝飾店に入荷するのを待ってたんだ。幾つかがまとまって入荷した時に、一番綺麗なものを選ばせてもらったんだよ」

「そうなんですか」


 それは実のところ私もやりたかった手法だ。しかし元手もないうちから取り置きを頼むのは憚られ、まずは宝石用の貯蓄を増やすことを目標としていた。


 …そうだ、このダイヤは非常に高価なもの。

 こんなものをもらっていいのか、私なんかが。


「…折角ですが、こんな高価なものを頂く訳にはいきません」


 本当はいつまでも眺めていたい、美しいブルーダイヤモンド。


 でも、私は受け取る器にないことを思い出した。急速に体が冷えていくように感じる。


「自分で買いたかった?」

「それも少しありますけど、身に余ると言いますか、こんなに色々として頂く理由がないので…」

「理由は俺が君のことを好きだからだよ。好きな人に喜んで欲しくてしてるだけなんだ」


 だから気にしなくていいよ、とヘリオスくんは優しい声で言った。はっきりと好意を伝えられて、指輪の箱を持つ手に力がこもる。


「私は、その…、モ…その他大勢と言うか、何の取り柄もありませんし」


 突然、頭の中が現実的になった気がした。


 やっぱり私もお祭りに浮かれていたんだろう。ヘリオスくんの隣りに私がいていいはずがない。私みたいなモブが。何を勘違いしていたのか。


「俺にとってはイチノ以外が『その他大勢』だよ。俺のことは好きになれそうにない?」

「いいえ、好きです。でも私は、…自信がありません」


 ああ、そうか。

 言葉を紡ぎながら漸く理解した。


 私は自分に、これっぽっちも自信がなかったのだ。


 だから主役に憧れはしても、なりたいとは思わなかった。華やかな立場なんて務まる訳がないと思っていたから。自分はその他大勢のモブ程度なのだと決めつけていて。慣れ親しんだその立場から出るのが怖かった。よその立ち位置に移ったら潰れてしまうに決まってる、それが私の現実だと疑わなかった。


 ブルーダイヤを手にしてその慣れたポジションに心が戻ってしまったのは、その価値をより客観的に理解していたからだろう。だからそこへ自分を当てはめた時、ここは自分の居場所ではないと判別したのだ。習慣的に。


(何か、すっきりしたかも)


 自分のことなのに全然分かってなかったんだな、と指輪を見つめながら思う。ダイヤモンドは常に何より強く美しく、いつかこの石が似合う人になりたい。


「ちょっと貸してくれる?」


 俯いたままの視界に手が伸びてきて、私は顔を上げた。しかしヘリオスくんと目は合わず、彼は私の左手を取って薬指に指輪を嵌める。


「!? あの、ちょ…」

「とっても似合うよ、イチノ。俺と結婚して欲しい」

「えっ!?」


 指輪の嵌まった手を掬い上げるように握り、ヘリオスくんが真っ直ぐにこちらを見つめた。何だろう、何というか、凄く余裕そうな表情だ。何故。


 じゃなくて結婚!?


「俺は君の自由を奪ったりはしないよ。君の望むように生きていい」

「どういう意味でしょうか」

「学園を卒業したら家を出たいんだろう?」

「何故それを」

「ニノに聞いた」

「いつの間に」

「手紙でね」

「手紙」


 ニノとの手紙のやり取りの件は、後でニノのほうにも聞くことにしよう。

 ひとまずそれは置いておいて、ヘリオスくんの話はこうだ。


 ヘリオスくんにはニノと同い年の弟メイズくんがいる。領地経営を勉強中の秀才で、ニノみたいにそうした仕事が本人の性に合っているそうだ。光属性だけど家系の中では魔力が低いほうで、魔法に対する探求心はあまりない。

 対してヘリオスくんは領地経営に興味がなく、魔法を使うことが好き。いずれは魔法省に勤めたいとのこと。実は既に、多忙な父親の代理で魔法を使用する仕事をしていたりする。必然的に光属性にしかできない内容が多くなり、その報酬はなかなかのものなので、ブルーダイヤなども手が出せた。


 これらを踏まえて家族会議を行ったところ、父親である大魔導師様より許可が出た。すなわち、ヘリオスくんが伯爵家を継がないで魔法省に入るのを承諾。将来はメイズくんに爵位及び領地を譲る。


 元々魔法省は貴族社会の前に魔法社会なので、平民のクリスタルさんでも就職できる場所だ。ヘリオスくんが爵位を持たなくても勤めることは可能だし、そもそも現在かの省はがっつり彼の力を頼っている。だからヘリオスくんは身の自由度が高いにも関わらず、生活水準を落とさないで暮らしていくことができるという。


「社交が苦手で自由に暮らしたいイチノにとって、凄く条件がいいと思わない?」

「都合が良すぎて結婚詐欺かと思うくらいですよ…」

「詐欺じゃないよ」

「それは分かってますけど」

「なら良かった。最初はぼんやり考えてただけなんだけど、君に会って気持ちがはっきりしてね」


 なるほど、ヘリオスくんにとっても理想的な生活がそこにあるのか。

 そういうことであれば、こちらも随分心が軽くなる。


(受け取ってもいいのかな…)


 彼の想いを。この私が。

 いや違うな。受け取っていいかではなく、受け取りたいかどうかだ。


「あの、本当に宜しいのでしょうか。私はその、こんな性格ですし、後々愛想が尽きることもあるのではないかと思うのですが」


 それでも尚、怖気づいてしまう自分に泣ける。性根というのは海よりも深いものだ。


「それはないと思うな。俺は君が思ってるよりもずっと、君のことを知ってるからね」

「そ、そうですか」


 そういえば凄い観察眼だもんな。私のアレな部分もとっくにお見通しか。それらがあっても構わないと言ってくれているんだ、この人は。


「答えをくれる?」


 そっとヘリオスくんを見上げると、彼はその綺麗な顔に優しい微笑みを携えてこちらを見つめている。


 ああ、本物のイケメン天使。じゃなくて。


「ふ、不束者ですが、どうぞ宜しくお願い致します」


 居たたまれなくて段々俯いてしまったが、言葉はしっかり口にした。まさか自分にこんな場面が来るとは、宇宙は本当に凄まじく広いと実感する。


「ありがとう。こちらこそ宜しくね」


 ヘリオスくんの優しい声にホッとした時、頬に手が添えられて、私は初めて好きな人からキスをされた。


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