第33話 ダンスの誘い


 説明しよう。

 できるかは保証しないが説明してみよう。

 何をって、カナリィさんに着せてもらったドレスについてだ。


 まず色は、落ち着いた中にも上品な華やかさがあるサファイアブルー。凄く好みで一瞬で惚れた。しかしどこかで見たことあるなと思ったら、以前ヘリオスくんと行った仕立て屋で気に入った色だった。


 デザインは、袖が短くて縦にプリーツが入ってる感じ。それから腰の辺りで大きめのリボンが巻かれている。スカート部分はひらひら揺れるけどすっきりしてて、アニメのお姫様みたいなボリューム満点ではない。


 シンプルだけど品の良さが際立つ、美しいドレスだ。


 …なんだけど。

 これ、私が着ていて大丈夫なのか。完全に衣装に着られているんだが。まだ時間もあることだし、当初予定のお気楽ドレスに着替えていいですかね?


 そう聞いてみようとカナリィさんをちらりと窺ってみると、彼女の手にはメイク道具がわんさか収まっている。心なしか、彼女は楽しそうに目が輝いていた。


「………」


 なるほど、とっくに詰んでいる。私は速攻で交渉を諦めた。




 ところで何故ヘリオスくん家の侍女さんがドレスを持ってきたのかと言うと、そもそもドレスはヘリオスくんが用意してくれたものだった。あの仕立て屋で見た色が使われていた理由が判明する。


 つまり、ドレスに気合いを入れてくれたのはヘリオスくんだ。


 いやいや何で?

 動きづらくはない為、お手伝いに支障はなさそうで安心したけども。


 あっそうか、お手伝い。ヘリオスくんのそばに待機しておくんだから、相応の格好をして欲しいっていう意味か。なるほど、そこまで頭が回っていなかった。任務的にも目立たないほうがいいと思っていたが、彼の好きな人に対する面目というものがある。近くに佇む友人が地味すぎては気になるだろう。中身が地味なのはどうしようもないので、衣装で盛る作戦だな。あいわかった。


「素敵」


 必要支度と分かれば意識が切り替わり、心に余裕が生まれる。鏡に映る優雅な青いドレスをまじまじと見つめ、私はへにゃりと笑みが零れた。


 そりゃあ私だって素敵なドレスには憧れるとも。

 似合わないから選ばないだけで。


 こんな機会は二度とないだろうし、こっそり楽しませてもらうことにする。控えめだけど上品なネックレスや、花の髪飾りなども凄く可愛い。


「とてもよくお似合いですよ」

「あ、ありがとうございます」


 一人でニマニマしていたつもりだったが、そういえばカナリィさんがいたんだった。誤魔化すように愛想笑いを浮かべてお礼を言う。彼女の施したナチュラルメイクも素晴らしかった。コミュ障オタクの陰気なオーラが、相当軽減されている。こんなに変わるのなら、どの世界でも女性達が化粧をする訳だ。私は面倒なのでやらないけど。



 というか家族からの贈り物なんじゃなかったのかと父に尋ねたら、


 →ヘリオスくんが私にドレスを贈りたいと、父に許可を求める

 →父が快諾する

 →つまり、父が私にドレスを与えたことになる


 という解説が返ってきた。屁理屈!


「結婚する時には、ちゃんと私が用意するから」


 などと父が宥めるように私の肩を叩いたが、結婚なんてしないできないんですけど。色々と期待に添えなくて申し訳ない、と何だかむしろこちらが謝罪したくなる。



 それにしてもわざわざ父に連絡を取るなんて、ヘリオスくんは律儀だな。

 今日は絶対に彼が好きな人と上手くいきますように。



 馬車に揺られること暫く、ほどよい時間に学園に到着した。



 怒涛の展開で気づかなかったが、ここまで付き添って世話をしてくれたカナリィさんもかなりの美女である。青色で動きのあるショートヘア、華やかな黄色い瞳。


「イチノ様、足元にお気をつけください」


 そう言って手を差し伸べるカナリィさんは、まるで王子様だ。雰囲気がまさに男装の麗人で大変萌える。ヘリオスくん家は美貌の持ち主しかいなさそうだ。当然か。


 ありがとうございますと手を取って馬車を降りると、ヘリオスくんがいた。


「!」


 上質で品の良いサファイアのような青色。その雅な青を基調としたファンシータキシード姿で、彼はこちらに麗しい笑みを向けている。何という類い稀なる美少年か。


 華やかなドレスを着ていて本当によかったと心の底から思う。お気楽ドレスだったら恐れ多くて、絶対に彼の近くにはいられなかった。


 というかまたしてもどこかで見たことある色だと思ったら、例の仕立て屋で私がヘリオスくんに薦めた色だった。思った通り凄く似合っているが、私の意見を参考にしてくれたのだろうか。


「ヘリオスくん、こんばんは。あの、この度はこのような素敵なドレスをお気遣い頂きまして誠にありがとうございます」

「こんばんは、イチノ。そんな気にしないで。凄く似合ってるよ、綺麗だ」

「ありがとうございます。ヘリオスくんも、とても素敵ですね」


 褒められて顔が熱くなる。


 何とか私も思ったことを伝えるが、変なテンションだ。非日常な雰囲気に、柄にもなく浮かれているのかもしれない。しっかりしないとお手伝いをしくじるぞ。気合いを入れなくては。


「今日は何をすればいいんでしょう?」


 講堂に入る前に聞いておこうと、ヘリオスくんを窺ってみる。すると彼はふわりと微笑んで、こちらに手を差し伸べた。


「俺とダンスを踊って欲しい」

「えっと、成績対策でしたらお気になさらず…」


 あ、じゃなくて計画の一環なのかな。

 場内の様子見だろうか。それならちゃんとお付き合いしなければ。


「違うよ。俺が誘いたかったのはイチノだからね」

「え?」


 えっと?

 誘いたかった? 私を?

 ダンスに? 何で?


 好きな人は?


 と、そこまで考えて、私は漸く思い至った。

 途端に心身が冷えたり熱くなったり、忙しなく衝動が駆け巡る。


 何故気づかなかったのか。

 いやいや、あり得ないことに意識が向く訳ないだろう。

 というか、やっぱり気のせいかもよ。うん。


 ちらりとヘリオスくんを見上げてみる。目が合った彼はにっこり笑って、自身の袖を少し捲って見せた。その手首に巻かれているのは、ピンクブラウンとチョコレートブラウンの二色で編まれたミサンガ。


「これは君の色だよ」


 気のせいじゃなかった件。


 そうですね、私と一緒ですね。今しがた思い当たりました。


「お手をどうぞ、イチノ」


 再び手を差し伸べられ、笑顔の彼につられてぎこちない笑みを返す私。


「………宜しくお願いします」


 この挨拶はダンスに対するもので合ってるよね?

 などと混乱しながら、私は恐る恐る彼の手を取った。



 ドレスに合わないと思って自主的に最推し色ミサンガを外してきたのは、正解だったということにしておこう。


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