第32話 収穫祭
シルフィード王国の収穫祭は、秋頃に全国各地で行われている。その年に収穫された作物を神様に捧げて、豊穣を感謝する儀式だ。場所は神社であることが多いが、特に定められてはいない。儀式に付随する催しは様々なので、全国の領地を巡るお祭り好きの人もいると聞く。
エイヴァン魔法学園の場合は神社がそれほど大きくない為、まずは講堂に全員集合して儀式が行われる。その後神職さん達が集まった皆の感謝の心を携え、改めて神社で儀式を行うのだ。これが午前中の予定。
そして一旦解散し、夕方頃からダンスパーティーが始まる。この間に講堂はパーティーの、生徒達は衣装の準備が進められていくという訳だ。
さて、本日は十月三日。
国立エイヴァン魔法学園の収穫祭の日。
そして、
初めて迎える「虹色の恋☆魔法マスター」公式イベントの日である。
◇
ここは日本だ。
ちょっと皆の髪色がカラフルで話す言葉も違うけど、多分日本じゃないかな。
などと錯覚してしまうほど、学園の収穫祭の儀式は日本そのものだった。
美しい木で作られた祭壇、よく鏡餅が乗ってる木の台(三方)、しめ縄に下がってる白いやつ(紙垂)などの品々。袴姿の神職さんがフサフサした棒(大幣)を振る様子。及びそのバサバサッという音の響き。もうこれ、ずっと眺めていられる。
…なんて思っている人はどうも少ないようで、周囲のご令嬢達は終始退屈そうにしていた。
こらこら、ちゃんとご飯に感謝しないと。
食べることは生きることだよ。
とは思うものの口に出せるはずもなく、仕方ないので彼女達の分も神様にお礼を述べておく。だって神様ってマジでいるからね。
とはいえ収穫祭自体はどの地域でも毎年恒例であり、確かに大まかには見慣れている。しかし私がこれまで参加した収穫祭はどれも、所々シルフィード王国式が混ざっていた。神職さんがモーニングコートを着ていたり、お神酒がワインだったり、フサフサ棒が魔法使いっぽい杖だったり、そんな感じ。細かい所ではあるのだけれども。
だから学園の端から端まで日本しかない儀式の光景には、かなり心が揺さぶられる。しかしそんな風に感動しながら見ていたそれは、あっという間に終わりを告げてしまった。そして解散の合図とともに、一斉に踵を返す生徒達。
「………」
大事なことなので何度でも言うけど、神様っているからね?
◇
そんな訳でアサヒ達とも別れて別邸に帰宅すると、何故か家族が集合していた。
「お帰り、姉ちゃん」
「た、だいま? 何でニノがいるの?」
「お帰り、イチノ」
父、グレイ。
濃い茶色の短めの髪、私と同じ茶色の瞳と眼鏡。
真面目な優等生っぽい見た目。
「お腹空いたでしょう。ご飯、用意してもらうわね」
母、シノ。
私と同じピンクブラウンの髪でストレートボブ、ニノと同じ空色の瞳。
大人しそうな見た目。
「お父さん、お母さん。どうしたの、何かあったの?」
紹介が済んだところで、えっマジでどうした。
今日何かあったっけ。もしかして事件!?
「ヤバイ何かがあった訳じゃないから安心してよ。今日、学園でダンスパーティーあるんだろ?」
「ああ、うん。でもニノは入れないよ?」
どうやら事件ではないらしい。ホッとして笑顔のニノに答える。
「分かってるよ。とりあえず飯にしようぜ」
「全員で食べるのは久し振りだな」
「そうだね…?」
弟と父に促されて歩く私は、全くもって訳が分からない。首を傾げてニノを見やるも、彼は楽しそうに笑うばかりだ。全体的に機嫌がいいようだけど、本当に何なんだ。
(まあ、いいか)
家族の元気な姿を見られたのは嬉しいことだ。食事に誘うということは、そこで話をしてくれるんだろうし。
そう切り替えた私は、今日のお昼は何だろうなとお腹をひと撫でした。
家族が別邸に来た理由は、私に新しいドレスを着せる為らしい。今日学園でダンスパーティーがあることは、ニノに手紙を書いていたから父母も承知していた。しかし私が適当かつ楽なドレスで出席予定だとも知り、「それはちょっと」という話になった。まあ、身内としてのその気持ちは分からんでもない。横着ですみません。
で、なんと私の知らないうちにドレスを用意してくれたのだそう。それがもうすぐ届くとか。大変気合いが入った物なので、是非娘がそれを着たところを見たいとわざわざ出向いたという、とてもありがたく微笑ましい理由だった。
そう、ありがたい。温かい家族を持って私は幸せだ。
だがしかし。
今日は身軽な格好で行きたかった。
だから簡易なドレスを選んでいたのである。
何故かって勿論、ヘリオスくんのお手伝いをする為だ。未だ任務の詳細は聞かされていないものの、予め準備しておくに越したことはない。
(気合いの程度にもよるけど…)
シンプル系のデザインならいいが、ここぞとばかりに派手なデザインだったら動きにくいだろう。どうする。流石に着ないという選択肢はないから、どうにか魔法を駆使して足取りが軽くなるように考えるか。
「姉ちゃん、来たよ」
「はーい」
作戦を練りつつ食後のおやつをつまんでいると、そわそわと窓の外を見ていたニノがいい笑顔で振り返った。
何か私より浮かれてるな、この子。まさかドレスを着てみたいんじゃ。似合いそうだけど。
暫くすると、大きな荷物を持った女性が屋敷の中に案内されてくる。女性の運び屋なんて珍しいなあと眺めていたら、視線に気づかれて目が合った。すると女性は一旦荷物を置き、優雅な仕草でこちらに近づき頭を垂れる。
「イチノ・シーリオ様でございますね」
「あ、はい」
「お初にお目にかかります。私はマックスウェル伯爵家に仕えております、侍女のカナリィ・バードと申します。この度はイチノ様のお召し替えのお手伝いを仰せつかって参りました。どうぞ宜しくお願い致します」
「は?」
何だって? 侍女? ヘリオスくん家の?
じゃなくて同名の別の家??
「「「宜しくお願いします」」」
情報過多で混乱する私をよそに、家族三人が声を揃えて侍女さんに答えた。
「!?」
驚いて振り向くが、全員とてもいい笑顔でサムズアップをしている。
何故。
「では、サイズの確認等をさせて頂きますので、お部屋へお願いできますでしょうか」
「え? えっと…」
おろおろと家族に説明をくれと目で訴えてみるものの。
「イツキ、カナリィさんを案内して差し上げて」
「かしこまりました」
「姉ちゃん、ほら行った行った」
ニノに背中を押され、自室にポイっと放り込まれてしまった。
「ふふ、緊張していらっしゃいますか? 大丈夫ですよ。私に全てお任せ下さい」
「は…はい…。よろしくお願いします…」
何を宜しく頼むのかさっぱり分からないまま、私はカナリィさんのペースにのまれてそう答えていた。
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