第30話 移り変わる状況
食堂ランチが完全に女子三人のみに戻った現在、その会話はよりプライベートなものが多くなった。
「みんな浮かれてるわね」
以前も聞いたような台詞を口にするネフェリンは、何だか疲れている。左手首には真新しいミサンガが巻かれているのに、その表情は憂鬱だ。彼女の視線が向かうカールさんをちらりと見やり、私とアサヒは言葉を探した。
夏休み明け一番に、私達はネフェリンから自身の婚約報告を受けている。
お相手は学園に通う二年生の、ポール・ブラットアノルマーレ侯爵令息。裕福な侯爵家から多額の援助を受ける手筈の、まごうことなき政略結婚だそう。いつの間にか話が進められていたらしい。
ただ、この学園の生徒だけあって相手の見目は大変麗しい。ハーフアップにしたアイボリー色の長い髪とウォーターブルーの瞳を持つ、背が高い物腰柔らかそうなイケメンだった。
何故知っているかと言うと、ネフェリンが「見てきたら」と言って私達の背中を押し、二年生の教室までこっそり見に行ったからである。
しかし幾らイケメンとはいえ、ろくに知りもしない相手と婚約なんて気が進まないだろう。それに顔合わせの際はその雰囲気通りに優しい人だったが、どことなく淡白で、こちらに興味がないのが透けていたとネフェリンは言っていた。
そしてそんな彼女が今、見つめているカールさん。彼もまた、この夏休みに婚約を決めた一人だ。アサヒに懸想していたように思えたカールさんは、にこやかに婚約者の女の子と食事をしている。
彼のお相手はアオーロヌル公爵家の末娘、ルコ嬢だ。二年生だが、小柄で幼い顔立ちをしている。勿論美少女だけど、実年齢より上に見られがちなカールさんと並ぶと、なかなかのロリ…いや何でもない。
とにかくだ。
アオーロヌル家は少々汚職系の噂があるけども、公爵家。セピア男爵家とはどんな政略が…とつい勘ぐってしまう所だが、あちらはルコ嬢の一目惚れによる結果らしい。だから二人で仲良くランチをしているのだ。ネフェリンはそれが羨ましいようだった。
「まだ会ったばかりなんだし、きっとこれから仲良くなれるよ」
「最初のうちは気を張ってるものだしね。慣れれば変わるんじゃないかな」
私とアサヒはそう声をかけるも、ネフェリンは心ここにあらずで「そうね」と答えるのみ。こんな時どういう言葉を選ぶべきか、私には皆目見当もつかない。今日ばかりは、コミュニケーションの勉強をしとけばよかったと後悔する。
ヘリオスくんならどうするだろうか。
「あの、何かあったらいつでも何でも言ってね。私はネフェリンの味方だから」
ヘリオスくんは私が泣いている時、特別な何かを言った訳ではなかった。でもずっとそばに居てくれて、一人きりでないことが嬉しかった。いやいやお構いなく…なんて気持ちは単なる習性で、彼の心遣いには本当に感謝している。
だからネフェリンにも、自分は一人じゃないって感じてもらえたらいい。
「私も忘れないでね」
そこへアサヒも加わり、彼女らしいほわほわとした笑顔をネフェリンに向ける。
するとネフェリンはちょっと目を見開いて、漸く笑ってくれた。
◇
その日の放課後。私はアサヒと学園内のカフェに来ている。
今は空いていて周囲のテーブルには誰もいない。ネフェリンも誘ったが、やはり気が晴れないようで今日も早々に帰ってしまった。
「オーノくんの占いに連れてくのは?」
「うーん、万が一結果が良くなかったら余計に塞いじゃうかも」
「確かに。セザリ子爵家が資金援助を受ける必要がなくなるには、どうすればいいのかなあ」
「それができれば一番だよねー」
「やっぱり新しい特産品?」
「セザリ子爵は銅山を持ち直すことしか考えてないみたいだから、弟さんに持ちかけてみるとか」
「それがいいよね、次期領主だし。弟とは仲いいって言ってたし」
他家の経営に首を突っ込みまくりな会話だが、我々は真面目である。私達のどちらかが富裕の侯爵家を退けられる権力者の家柄ならよかったが、如何せん双方ともに中の上程度。両家が揃おうと、ブラットアノルマーレ侯爵家には敵わない。
ならば、セザリ子爵家に自力で儲かってもらうしかない訳で。
しかしながら、なかなか良い作戦が思いつかなかった。
セザリ子爵領の特産品は、銅がほとんどを占めている。銅は貨幣にも使用されている為、生産量が安定していれば援助を求める必要はない。問題はその資源が枯渇してきていることだ。大きくない鉱山なので元から量は多くなく、新しく採掘できるような場所はもうないらしい。
というか、裕福な侯爵家がそこへ投資するメリットは何だろう。
一番の謎だ。
そもそもポール氏だって、もうちょっと歩み寄ってくれてもいいじゃないか。一応は納得して婚約したんだろうに、彼はちっともネフェリンと一緒にいない。イケメンが台無しだぞ。いやもう遅いか。既に私達からの評価は「目指せ婚約解消」である。
とは言うものの。
「難しいなあ」
たとえ何か閃いたとしても、セザリ子爵に突き返されたらそれまでだ。
子爵は、今すぐにでもネフェリンを嫁がせたい様子だと聞く。早くお金が欲しいのだろう。そんな人が、わざわざ新たな事業に乗り出すとは考えにくい。
私は溜息を吐き、冷めてしまった紅茶に口をつける。喉が潤うと少しホッとした。
「ねえイチノ」
「うん?」
「ダンスパーティーでの用事って、マックスウェルくんと関係あるよね?」
「!」
アサヒの言葉に思わずサッと周囲を窺うが、相変わらず近くに人はいない。声を抑えてくれているから、離れたテーブルの人達には届いていないだろう。
「ごめんね、突然」
「いや、大丈夫だよ。そうだけど、どうかしたの?」
ヘリオスくんの依頼については内容が内容なので、誰にも話していなかった。ただ万が一にも誰かを紹介されたら困る為、「当日は用事がある」とだけ伝えている。間違ってはいないし、それすらアサヒとネフェリンしか知らないことだ。
どうしてヘリオスくんと関係あると思ったのかは分からないが、私はアサヒならとあまり迷わず返事をした。
「私も昨日、ダンス誘われたから。イチノもそうだろうなって思ってたけど、聞いてみたくなっちゃって」
「そうなんだ。よかったね」
私は声が大きくなるのを何とか堪え、代わりに合掌してアサヒを見つめる。誰に誘われたかなんて、顔を見れば一目瞭然だ。
「うん、ありがとう」
はにかんで頷くアサヒの美少女たるや。
これをかの人に見せてあげたい。
実は夏休みにアサヒのもとへ遊びに行った際、彼女から好きな人ができたという話を聞いていた。
お相手はニジマスの攻略対象の一人、陰陽師イザナギ・オーノ。帰省する前に神社で再会して仲良くなったそうだ。そして王都に戻る予定を少し早め、夏休み終盤も何度か会ったと追加報告を受けたのが九月初め。
アサヒがお姉さん以外の人に思いを馳せる姿は、それはもう可愛かった。因みに件のユラお姉さんは男装の麗人ではなく、キリリとした目元がかっこいい正統派美女。佇まいは同じ騎士だからか、アキくんによく似ていた。
本当はこれらをネフェリンにも話すつもりだったけど、彼女の婚約話が先だった為に言い出せず。ユラお姉さんのかっこよさを語るに留まっている。
「でも私は、ヘリオスくんに誘われた訳じゃないよ。かくかくしかじかで…」
ひとまず誤解は解いておこうと、私は用事の内容を簡単に説明した。
「そっかー。上手くいくといいね、マックスウェルくん」
「そうだね」
何だか楽しそうに笑うアサヒに首を傾げつつ、頷いて答える。
それにしても、友人が攻略対象と仲良くなるとは思ってもみなかった。しかも恋人になるのも時間の問題だし。でもそうした対象がアキくん及び殿下でなければ全く差し支えない為、心置きなく応援できる。
そうだ、主役達の華麗なダンスも見られるじゃないか。何の心配もなく、ごく普通にモブとして。
そう思うと、私もお祭りが楽しみになってきた。
「イチノもちゃんとダンスの練習しときなよ?」
「私は先生の足さえ踏まなければ大丈夫だから。オーノくんは上手そうだよね」
「生徒と踊るかもしれないじゃない。ナギくんはダンス苦手って言ってたよ」
「その呼び方いいよね、好き」
「話逸らしたー」
「わー、照れてるう」
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