第29話 見覚えのある美少女


 九月に入ったとはいえ、太陽の照りつける屋外通路を歩くのはまだしんどい。

 適度に冷房魔法も使っているけど、喉が渇いた私は持参したスポーツドリンクで潤いを補給する。流石に歩きながら飲むのは眉をひそめられてしまうので、人目を忍んでこっそり暑さをしのいだ。


(まさか、あっという間に商品化できるとは)


 私は大きく溜息を吐き、水筒の蓋を締める。


 どんな商品って勿論、今飲んだスポーツドリンクだ。普通の水に塩と砂糖を適量混ぜただけのお手軽レシピ版に、梅酢を加えたもの。


 実は初夏辺りから私はずっと、暑い時期には欠かせないスポーツドリンクを欲していた。これまでの夏はそこまで手が回らず放置していたが、今年の夏が普段より暑かったせいもあり、その思いは一層強くなる。

 そこで検索本を使って作ってみたところ、ニノが大変気に入ってくれた。そして彼の手腕により、目にも留まらぬ早さで商品化に至る。領内で栽培している物を使いたくて梅を選んだのも、そのスピードに拍車をかけた。


 と言っても、これは誰でも超簡単に作れるもの。詳細な味のレシピは秘密だが、簡単な作り方なら熱中症予防の為にもと無料公開している。にも関わらず、この梅風味スポーツドリンクは売れまくった。きっと暑いと些細なことでも死ぬほど面倒に感じるから、買ったほうが楽だと思われたんだろう。


 本当はレモン汁を足したかったのだけど、調べたらレモンの収穫時期は十月頃となっており、それは今後に持ち越しとなった。レモンはうちの領地では作られていないので、他領から取り寄せる調整もある。


 何にせよ、熱中症予防に一役買えてよかった。塩分補給も大事だからね。

 私も美味しいスポーツドリンクが飲めて嬉しい。


 と、ひとり満足気に歩を進めて角を曲がった瞬間。


「きゃあっ!」


 ―――ドサドサドサッ!


 前方にいた女の子が、手にしていた何冊もの本を通路に落とした。


「!」


 私と衝突した訳ではなく彼女はもっと離れた先にいるが、驚いて思わず足が止まる。


 誰かが物を落とす現場によく居合わせるのは何故なのか。そんなことを過ぎらせつつ、自身の失態に青ざめる彼女に近づこうとすると。


「大丈夫ですか?」


 別の方角から、スッと女の子に手を貸す生徒が現れた。散らばった本を拾うのは、黄褐色の髪を持つ熱血ヒーローが似合いそうな雰囲気の美少年。


(ケントさん!)


 何だか久しぶりだ。彼は夏休み明けから一度も、ランチに顔を見せていない。友人のカールさんも。カールさんのほうは、来ない理由が明確だけれども。


 それはともかく、元気そうで何より。あっという間に手中に本を積み上げるケントさんは、まさにヒーロー。イケメンなので更にかっこよさが増している。慌てふためく女の子も目がキラキラしている様子だ。そしてやっぱり美少女。


(少女漫画みたいなシーンを邪魔してはいけない)


 私が助太刀する必要は最早ない為、ハッと気づいた私は静かに後退して陰に隠れる。少女漫画っていうか、そういえばここは乙女ゲームの世界だった。


「どこかに運ぶんですか?」

「は、はい。図書室に返却を頼まれていまして」

「じゃあ持って行きますよ。これ結構重いし」

「えっ、あの、とんでもな…。あ、ありがとうございます。すみません、私が鈍間なばっかりにご迷惑をおかけして…」


 女の子はケントさんの申し出を断りかけたが、本を一瞥して厚意を受け取る。


 重そうだよね、マジで。

 誰がこんな美少女に肉体労働させたんだ。


「あれ、これも図書室の本ですか? 『レインボー・ファミリー』」

「あっそれは違います。私の私物です、すみません」

「そうですよね。こういうのも置いてあれば図書室も行きやすいんですけど」

「学園の図書室は娯楽系の本が少ないですから…」

「俺、イチョウ兄さんが好きなんですよ」

「そうなんですね。私はニワトコさんが好きです。優しいので…」


 毎度ご愛顧頂き、誠にありがとうございます。


 ケントさん、レイファミ(略称)知っててくれたのか。本とか好きそうじゃないし、聞いたことなかったから驚いた。でも本当、お二人とも読んでくれてありがとう。


 そうして改めて見た美少女は、濃い灰色の菱形っぽいミディアムヘア。厚い前髪に、綺麗なライムグリーンの瞳が隠れがちになっている。人懐っこく優しいケントさんにすら萎縮しているのを見るに、かなり大人しいご令嬢だ。珍しい。


 …が、何となく見覚えがあるような気もする。

 特にあの豊かな胸部。


「何してるの?」

「!?」


 それにしても良い雰囲気だと和んでいたら、不意に背後から声をかけられて体が跳ね上げる。飛び退くように振り返ると、そこには見慣れたとびきりのイケメンが立っていた。


「ヘリオスくん!」


 思わず大きめの声が漏れる。友人であったことには安堵したが、状況を顧みて私は気まずく苦笑を浮かべた。


 それとなく視線を移せば、こちらに気づいたケントさんとも目が合う。うっかり物陰から出てしまったからだ。覗き見しててすみません。私はケントさんにぺこりと頭を下げる。


「丁度よかった。イチノ、今いい? ちょっと話があるんだ」

「あ、はい。いいですよ」


 ヘリオスくんの言葉に答えてそちらを見やると、彼は「ありがとう」と微笑んで踵を返していく。その背を追いつつもう一度ケントさんに会釈したら、ケントさんは何故か一瞬寂しそうな表情をした。でもそれはすぐに消え、いつもの明るい笑顔で器用に手を振ってくれる。優しい人だ。しかし荷物を持ってる所に気を遣わせて申し訳ない。


 私は小さく手を振り返してから、ヘリオスくんに追いついて隣りに並んだ。



 うーん、やっぱり見たことあるな。あの女の子。



 カススライゼ。キシナ自動車の高級ミニバンのクルマ娘。

 ニケエスタードちゃんを超える巨乳ナンバーワン。性格は控えめ。



 先日ケントさんに助けられていた女の子である。

 見覚えがあって当然だ。彼女はローズマリー嬢と同様、クルマ娘の一人にそっくりだったのだから。


 しっかり記憶してなかったのはクルマ娘の数が多いのと、私がミニバンに興味が薄かったせいだ。しかしまさかニケちゃん以外のクルマ娘に出会えるとは思わず、かなりテンションが上がったのは言うまでもない。しかも私の小説を読んでくれている。何と光栄なことか。




 因みにヘリオスくんの話は、ヨウカンの風物詩の栗きんとん(茶巾絞り)が食べたいという、おやつのリクエストだった。


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