第28話 朗報(ニノ視点)


 俺に夏休みはない。

 何故なら、まだ学園に入学していないから。




 今日も今日とて領地を継ぐ為の勉強に次ぐ勉強。資料整理をしながら内容を把握したり、視察について行ったりなど色々だ。


 そして姉のアイデアを元に立ち上げた商会はお陰様で順調の一途、今やほぼ全てを一任されている。正直なところ相当忙しいんだが、動き回るのは性に合っていて楽しかった。


 で、夏休みである。姉イチノの。


 今年の四月から国立エイヴァン魔法学園に通っている姉ちゃんは、八月いっぱいの夏休みをずっと本邸で過ごす予定だ。移動はレグルスがいるので、ぎりぎりまでのんびりしたいらしい。


 と言っても帰った早々姉ちゃんは感謝と労いの言葉をくれ、商会に関する仕事を手伝ってくれている。外交には全く向いてない為、もっぱら商品開発や事業内容の精査だけど、その辺りは彼女のアイデアが生きる分野なので非常に助かっていた。


 でも本来は学業の合間の休暇だから、頼りすぎないよう気をつけてはいる。


 …つもりなんだが、何だかずっと眠そうなんだよな。こっそり追加で作業してくれているのだろうか。いや、書類などにそういう跡は見えない。うーん?


「姉ちゃん、休憩していいよ」


 俺の執務室に持ち込んだ机で新商品を企画中の姉ちゃんは、先ほどから船を漕いでいる。声をかけられて意識が浮上したのか、彼女はすまなそうに笑った。


「まだ大丈夫だよ。いつもありがとうねニノ」

「眠れてないの? まあ今は夜も暑いしなあ」

「いや、その辺は魔法で適当にやってるから大丈夫。ちょっとその、筆を執っていて」

「そっちか」


 なるほど謎は解けた。

 姉ちゃんは売れっ子の小説家なのである。


 学業優先の現在は執筆量を減らしているが、長期休みを利用して書き溜めたいんだな。家を出る費用を貯めているとの話だけど、本当に一人で暮らすんだろうか。


「ごめんね、ちゃんと進めてるよ」

「それはマジで助かるんだけど、仕事に睡眠は必要不可欠だって言ってたの姉ちゃんだろ。ちゃんと休みなよ」

「うん、ありがとう。そうだよねえ、忘れてたわ」


 と、そんな会話をしていると。

 コンコン、と扉をノックする音が響いてきた。


「失礼いたします。お嬢様にお客様がお見えでございます」


 入室を許可すると、顔を見せたのは侍女のイツキ・ミルティーユだった。ベージュ色の緩い巻き髪が特徴の、柔和で明るい女の子。幼い頃から仕えてくれており、姉ちゃんに付いて別邸に行っていたが夏休みなので一緒に帰ってきた。


「私? 誰?」


 今日は来客の予定はないようで、姉ちゃんはきょとんとしている。何か「保険の勧誘?」とか呟いてるけど、それってとあるギルドで制度化が話し合われてるやつのこと?

 そんなのよく知ってるな。


「ご友人のマックスウェル伯爵家ヘリオス様と仰っていました」

「えっ、何で!?」

「知り合い?」


 先ほどまでの眠気は何処へやら、声を上げて驚く姉ちゃんに尋ねる。名前から察するに男性のようだが、姉ちゃんに男友達がいたとは俺も驚きだ。


「学園の友達だけど何も聞いてなくて」

「とりあえず行ってきなよ。後で俺も挨拶していい?」

「うん、いいよ。じゃあちょっと行ってくるね」


 そう言い残してパタパタと部屋を出ていく姉ちゃんを見送りつつ、ふと考える。


(マックスウェル…)


 どこかで聞いたことがある気がする家名だ。どこだっけ。


「うーん」

 首を捻りながら伸びをする。


 しかし思い出せない俺は、まあいいかと息を吐いて立ち上がった。



 結果報告。


 事前約束なしに訪れた姉ちゃんの友人は、かの大魔導師様のご子息だった。


 そうだよ、超有名人だよ。

 自分とは縁がなさすぎて思い出せなかったんだよ…。


 っていうか、超絶美形なんだけど。めっちゃ輝いてる。姉ちゃん大丈夫か、眩しい人々は苦手だって言ってたのに。脅されてたりしないよな?


(いや、普通に喋ってるけどさ)


 自分の思考に半目になりつつ、俺はちらりと横の二人を見やる。如何せん姉の性格を知っている身としては、つい浮かれるよりも先に心配がきてしまうのだった。


「ノトスデルタ湖は、冬になるとよく凍るんだってね」

「よくご存知ですね。真冬は全面結氷もしますよ。いつもではありませんけど」


 そんな俺の脳内に気づくことなく、姉ちゃんとヘリオスさんは仲良く湖を眺めている。


 ここは、シーリオ伯爵領にあるノトスデルタ湖だ。俺は大きいと思ってたんだけど、マックスウェル伯爵領のファーリヒト湖はここの約五倍あるらしい。世界って広いな。


「うちの湖はほとんど凍らないから、見てみたいな」

「そうなんですね。でも冬に来るのは本当に寒いですよ」

「魔法を使えば平気だよ」

「持久力があって羨ましいです」

「姉ちゃん、学園で鍛えてるんじゃないの?」

「まだ四ヶ月しか経ってないから!」

「十分じゃね」


 俺も話に混ぜてもらいながら、二人の様子を観察する。


 突然の訪問ではあったが内務の手を休めることはできたので、最初は姉ちゃんがヘリオスさんを客間に通してイツキにお茶を淹れてもらった。そこに俺も参加して少し経った頃、外出していた母シノが帰宅。紹介を済ませると母の提案で、湖を案内することになった。


 俺は仕事があるし外出まではと遠慮したんだが、少しの間なら執事長の手を借りてもいいからと背中を押されてしまった。どうやら根を詰めていたのを気遣ってくれたらしい。母ちゃんありがとう。

 因みに執事長のサンダーは何でうちにいるのか謎なくらい万能な人で、できるなら毎日手伝ってもらいたい願望がある。



 そんな感じで現在。


 屋敷の中でも外に出て三人だけになっても、ヘリオスさんの態度は変わらない。爽やかで人当たりが良く、姉ちゃんのちょっと要領を得ない言葉の理解も早い。俺にも色々と話を振ってくれるし、肩書きと見た目に構えていたのが申し訳なくなった。


(姉ちゃんのことは好きそうだけど、まあ友達か)


 こういう人は友人知人が沢山いるからな。姉ちゃんの恋人にと淡い期待を抱いてしまうのは不可抗力として、過度な思い込みをしないように気をつけよう。


 ところで。


「………」


 湖畔でくつろぐ俺達の足元には、モンスターが一匹いる。屋敷からここまで三人を乗せてきてくれた、移動系モンスターだ。

 但し、レグルスではない。レグルスはずっと姉ちゃんの腕に抱かれている。


 では何か?


 腹が白く背は黒く、口と足は黄色。

 鳥の仲間らしいが空は飛べない、ぽよんとした体。


積載シャルジェペンギンって大人しいんですね」


 そう、ペンギンである。じっと足元に佇んで俺達を見上げているこのモンスターを、実のところ俺はずっと気にしていた。だってペンギンとか初めてだし!


 連れてきたのは勿論ヘリオスさん。正確には彼の母親が主だが、シーリオ伯爵領に来る手段として借りたそうだ。穏やかで柔軟な性格であり、本来の主でないヘリオスさんの言うこともちゃんと聞く。あ、名前はカペラで雌とのこと。


 シャルジェペンギンが高速移動する際は、魔法で分厚い白い毛の絨毯を出現させる。その上に人などを乗せて自らも腹這いになり、あたかも雲に乗って地面を滑るかのように進んでいく。

 姉ちゃんはその存在を既に聞いていたみたいだったが、白い毛のことをメンと呼んで何やら感動していた。それから「かわいい」とペンギンをちやほやしていた為、その後は拗ねたレグルスにずっとくっつかれている。


「元々人懐こい種族らしいよ。モンスターじゃないペンギンはどんな人にでも付いてくるんだって」

「へえー」


 普通のペンギンは国内にはおらず、南の彼方の極寒大陸にいるそうだ。しかしモンスターとなると、何故か国内にも生息している。遭遇率はフォロスキャット並みに低いが。


「土属性なのが不思議ですよね」

「どうして?」

「えっいや、水属性じゃないのかと思って。はは」

「そっか。シャルジェペンギンは飛べないし泳げないから、俺は違和感なかったけど、それは普通のペンギンのイメージから?」

「そうです。泳げて氷の上にいるのがペンギンなので、この子はペンギンって気がしなくて」


 見た目は完璧にペンギンですけど、と付け足す姉ちゃんは、さも見てきたかのような口振りだ。本で読んだだけなのだろうが、時々何だか物凄く説得力がある。

 でもそうしたことを喋るのは、気を許している相手にだけだ。姉ちゃんは基本、慣れない人とは空模様の話くらいしかしない。何か聞かれれば答えるけど、あとは相手の言葉に相槌を打つ程度。これらを考慮すると、やはりヘリオスさんに姉ちゃんをお願いしたくなる。


 なんて思った時ふと、ヘリオスさんの腕に巻かれているものが目に留まった。


「それ、姉ちゃんのと似てますね」

「ああ、これはね」


 そうして俺は、エイヴァン魔法学園で常に流行っているというミサンガの情報を入手する。姉ちゃんが架空の人物を崇めていることも知った。まあそこは許容範囲内だ。人が苦手な姉ちゃんだし。

 で、ヘリオスさんはと言えば、真っ当に実在する相手を想って身につけているとのこと。


 だから、うん。ええと。つまり?


「………」


 この場では確認ができない俺は、思わずヘリオスさんを凝視する。その視線に込めた意味はゆうに伝わったようで、彼はにっこりと微笑んだ。


「ニノも協力してくれる?」


 そう言ってヘリオスさんが触れたミサンガは、今隣りにいる俺の姉イチノの髪と瞳と全く同じ色をしている。


「喜んで!」


 俺は目を輝かせて拳を握った。


 家族総出でお手伝いさせて頂きますとも!


 …とまでは言葉にできなかったが。

 恐らく分かってもらえたんじゃないかと思う。


 ヘリオスさんは少しほっとした様子で、「ありがとう」と言った。

 本当にいい人だ。


「?」


 そんな中、姉ちゃんはひとり不思議そうな顔をしている。しかし浮かれまくった俺は満面の笑みを返し、心の中で気の早い祝辞を述べるのだった。



 その後ヘリオスさんと手紙のやり取りが始まったのは、自然な流れだと思う。

 姉ちゃんは季節が変わって「その時」が来るまで、これを知らない。


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