第26話 もうすぐ夏休み
ヘリオスくんと出かけた数日後、早速彼から依頼があった。
実行日がまだ随分先なので簡単な概要のみだったが、二つ返事で承諾する。
曰く、十月の収穫祭時のダンスパーティーで好きな人を誘いたいから、協力して欲しいとのこと。当日頼みたいことがあるそうで、ダンスパーティーの際にはヘリオスくんのそばに待機しておくのが私の任務だ。
そのくらい、お安い御用である。ダンスパーティーなんて居場所がないにも程があるし、用事があるほうが気が楽というもの。むしろ大変ありがたい。
必ずやお役に立ってみせますとも!
◇
そうしてまた少し時間が経ち、七月も下旬となった。
来月一日開始の夏休みを目前に控え、私とアサヒとネフェリンは街にお茶をしに来ている。女子会の会場は、以前ヘリオスくんがランチに連れてきてくれたお店だ。
「二人は予約依頼来た?」
私が薦めたアップルパイを突きながら、ネフェリンがそんなことを聞いてくる。
「ないよー。あったとしても夏休み明けじゃない?」
「私もないよ」
アサヒと私がそれぞれ答えると、ネフェリンは「私もよ」と大袈裟に溜息を吐いた。
何の話かと言えば、十月のダンスパーティーについてだ。生徒同士の交流が目的の一つであるダンスパーティーは、基本的に全生徒の参加が義務付けられている。そして各々その場で相手を探し、最低一人とダンスを踊らなければならない。サボる生徒が出ないようペアを組んだら届出が必要で、不参加者はかなり成績に影響する。コミュ障の私にとって、四面楚歌すぎるイベントだ。
しかし今の私にはヘリオスくんのお手伝いをするという、大事な役割がある。故にパーティー開始から暫くの間は、ダンスなど踊っていられないのだ。ヘリオスくんにも、申し訳ないけどダンスの誘いがあっても断って欲しいと言われている。
大丈夫、何も申し訳なくなどない。元々ダンスパーティーは美味しい食事などを堪能し、そこそこ時間が経ったところで、その辺の先生に一曲だけ頼もうと思っていた。ペアは生徒同士が推奨されるが、一応は会場にいる人なら誰でもいい。最初から先生に行くと生徒のほうへ促されるだろうけど、何曲も過ぎていれば、余り者感に拍車がかかって大目に見てもらえるかもと期待している。
何故先生かって、そりゃあ頼みやすいからだ。余計な勘ぐりを気にする必要もなく、後腐れもない。ヘリオスくんのお手伝いが済んでから、予定通りそれを実行すればいいのである。
成績対策としての相手役はヘリオスくんが申し出てくれたのだが、好きな人との時間を邪魔する訳にはいかないので丁重に断った。
「でも昨日廊下で、もう誘われたって子が騒いでたのよね」
「そうなんだ。早いねー」
で、冒頭の会話だ。
ダンスの相手探しは当日とされているが、事前に踊りたい相手と約束を交わしておくということが往々にしてあるらしい。
「適当に時間潰して先生と踊ろうかなー」
あはは、と笑ってアサヒが言う。
流石だ、友よ。理由は何であれ選択肢が同じとは。
「私もそうする」
うんうん、と頷いて私はカップの紅茶を啜った。
でもアサヒは私と違って、沢山の誘いが来るだろうから心配無用だと思う。それに以前占いで聞いた相手も気になるし。水属性の人だっけ。誰だろうなあ。
「イチノは相手がいるから大丈夫でしょ」
「いないよ?」
「ああ、うん。まだ、ね」
どうしたネフェリン、そんな遠い目をして。そもそもネフェリンは美少女だから相手の心配なんてしなくていいのに、何でこんなに自己評価が低いんだろう。
「ところで、夏休みは領地に帰る?」
そんなことを考えていると、相変わらず恋愛的な話題に興味のないアサヒがするりと話を逸らした。
「速攻帰るよ。田舎でのんびりまったり過ごすんだ。美味しいご飯も待ってるし」
アサヒの言葉に、私は懐かしい領地に思いを馳せる。たった四ヶ月ではあるが、領地で過ごした日々は遠く感じられた。
「お米、好きだねー」
「おふくろの味…いや、故郷の味だからね」
王都の主食は圧倒的にパン、そして西洋風料理が主流である。別邸の料理長も実は西洋風のほうが得意だ。それなのにいつも快く美味しい和の物を作ってくれて、大変感謝している。
しかしそれはそれとして、本邸の料理長の腕は別格で恋しかった。本邸の料理長トウマさんは、日本の味を再現する為に一緒に頑張ってくれた人でもある。早く彼の和食と和菓子が食べたかった。
「帰りたくないけど、仕事手伝えって言われてるから帰るわ。アサヒは?」
「私は数日残って、お姉ちゃんと一緒に帰るんだ」
騎士団所属の姉が漸くまとまった休みを取得でき、アサヒはその日に合わせると言う。家族にペガサスを借りる許可を得た為、領地にもすぐ帰れて姉と沢山過ごせると嬉しそうだ。
「良かったね、アサヒ」
「うふふ。遊びに来てね」
「勿論行くよ」
レグルスに乗せてもらって。
そう言外に続け、私とアサヒは微笑み合った。
「いいわね二人とも、長時間馬車に揺られなくて済んで」
するとこの場で唯一、移動系モンスターを飼っていないネフェリンが、ジト目でこちらを見てくる。アサヒと二人で学園の神社に行った翌日、私達はそれぞれの家で飼うモンスターのことをネフェリンにも伝えていた。
「私迎えに行くから、一緒にアサヒのとこ遊びに行こうよ」
「それいいね。うちの子達よりイチノの子のほうが断然早いし」
ペガサスの標準移動速度は、高速道路でゆっくりめに走るくらいのスピードだ。対してフォロスキャットの最高速度は、新幹線のそれと同じ程度。私がネフェリン宅に寄ってからアサヒ宅へ向かっても、ざっと一時間半ってところか。それにレグルスは二人なら十分乗せられる。
因みにシーリオ家に一頭いるペガサスはテンマって名前なんだけど、彼女は父に懐いた子で基本的に他の人は乗せたがらない。父と一緒なら乗せてくれるんだが、ちょっと怖いので私はあまり乗ったことがなかった。弟ニノは水属性の息子なので例外。
リヴァー家は揃って水属性なこともあり、家族全員単独で乗れるそうだ。
優しそうなペガサス達で羨ましい。
「ありがとう。でも、やめとくわ。遊ぶ時間なんてくれないだろうし」
「おうち、忙しいの?」
「火の車で猫の手も借りたいってやつ」
「そっか…。大変だね」
「そんな顔しないでよ、いつものことなんだから。夏休みが終わったらまた遊びましょ」
ネフェリンはそう言って少し寂しそうに笑った。私とアサヒは何とも言えない表情を見合わせたが、すぐに彼女に向き直る。
「うん。暑い時期だから体調気をつけてね」
「私、手紙書くね」
「ありがとう」
私達が応えると、ネフェリンははにかんでお礼を言った。
この四ヶ月だって、あっという間だったのだ。きっと夏休みの一ヶ月なんてすぐに過ぎる。
早くまたネフェリンの顔が見られるといいな、と思った。
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