第25話 大切な友達


 新作のミサンガは金色と青色の千鳥格子柄だ。選び抜いたサファイアブルーがお気に入りである。それをお出かけの際に付けていこうとして、ふと気がついた。


 これって今日一緒に出かけるヘリオスくんの色じゃん!!!


 と。



「お待たせしてすみません」


 結局いつも通りの最推し色ミサンガを巻いた私は、約束場所に既に到着していたヘリオスくんに頭を下げる。


「いや、俺もさっき来たばかりだから気にしないで」


 そう言って眩しい笑顔を見せる彼は、まぎれもなく乙女ゲームの攻略対象だ。

 いつでも麗しい。


「それじゃあ行こうか」

「はい。よろしくお願いします」


 歩き出すヘリオスくんに並んでそっと彼を見上げると、金色の髪が風に揺れてきらりと輝く。それが家に置いてきたミサンガの色と酷似していることに気づき、私は何とも言えない気まずさを味わった。



 ことの始まりは数日前。例によって学園内の林の中で、レグルスとヘリオスくんと私でおやつを食べていた時。ヘリオスくんに、顔見知りの宝飾店に宝石を見に行かないかと誘われる。その店の主人は宝石にとても詳しいから、色んな話を聞かせてくれると思うからと。

 目を光らせた私は一も二もなく、「是非に」と即答した。



「いい天気ですね」


 そして現在。今日も夏の日差しがさんさんと降り注いでいる。このところ暑くて休日は家に籠りっぱなしだったが、久しぶりの街歩きには心が躍った。


「暑かったら言って。涼しくするから」

「ありがとうございます。大丈夫ですよ、私も多少はできますし」


 万能な光属性のヘリオスくんには敵わないが、風属性の私も身の回りの冷暖房や扇風機くらいの魔法はできる。


「イチノは着眼点が凄いよね」

「そんなことないですよ」


 魔法の種類は想像力から生まれる為、日本での科学知識を(一応)持つ私は他の人よりイメージを具現化しやすい。「何故そうあるか」を知っているというのは、魔法発動において結構なアドバンテージだった。但しモブの魔力量なので、発動規模は小さい。


「宝石の前に、少し寄り道してもいい?」

「あ、はい。どうぞ。お供いたします」


 折角の休日だ、ヘリオスくんも行きたいところがあるのだろう。

 私は案内されるまま彼の後に続いた。



 着いた場所は、立派な佇まいの仕立て屋。既製服も置いてある。興味の矛先がファッションとは流石イケメンだ。

 しかし煌びやか過ぎてモブには肩身が狭い。そりゃあモブとはいえ貴族だから、私も本邸では職人さんを呼んだりしていた。でもそこは引きこもりの私。ひたすら楽に過ごせる衣装の形状を伝えて、作ってもらっていただけである。

 コルセットをブラジャーっぽいものに改造、ゆったりしたズボンの開発、ローブをパーカーに作り替える等々だ。これらで商売繫盛いけるかと考えたこともあったが、どうも和菓子と違い周囲の評価が芳しくなく、保留となっている。ファッションの流行を作るのは難しい。


「何をご覧になるんですか?」

「収穫祭で着るものをね。まだ早いんだけど」

「!」


 あったな、そんなイベント。ただの行事としてすら忘れていた。


 毎年十月に行われる収穫祭では、ダンスパーティーも催される。参加は学園関係者のみで格式ばったものではない為、各々好きに着飾って来て良い。と言っても伝統的にセミフォーマル系が主流らしいので、皆そんな感じになるんだろう。


 そのダンスパーティーでヒロインの一曲目の相手となった人が、その時点で最もヒロインへの好感度が高い攻略対象だ。そして二曲目、三曲目と好感度順に相手が代わっていき、順番相応に好感度がボーナスアップされる。


 私の予想では先頭からアキくん、殿下、ヘリオスくん、以下不明。オーノくんはヒロインと接点なさそうだし、シュレーディンガー先輩も同様。残り二人は現れてすらいない。

 残りの片方は隠しキャラで名前すら分からず、もう片方はとある条件を満たした場合にのみ学園にやって来る隣国の王子様だ。隣国の王子はまだ留学にきてないので、ヒロインは条件をクリアしてないのだろう。最早どうでもいいことだが。


「イチノはどんなドレスがいいか、もう考えてる?」

「えっ?」


 やばい、また一人の世界に入ってしまった。

 ええと、ドレス? 適当に家にあるやつでいいです。楽なやつで。


「私は家にあるものでいいかなと思って」

「折角来たんだし君も見てみたら? カタログもあるよ」

「いや、私は特に…」


 と断りかけた所で気遣われていると悟り、私はとりあえず店内を見回した。


(あの青、綺麗だな)


 そうして目に留まったのは、なかなかに露出の多い青色のドレス。デザインはちょっと好みにそぐわないが、その青色は落ち着いた中にも上品な華やかさがある、美しいサファイアブルーだった。


「何か気に入った?」

「あ、いえ、ドレスというか色が…」


 何だか申し訳ない気持ちになりつつ、形はともかく布地の青が素敵だと伝える。ヘリオスくんはそのドレスを見て察してくれたのか、「イチノは青が好きだね」とデザインには触れずに微笑んだ。


 ついでにカタログで好みのデザインを聞かれたり、何も買わないからと遠慮したにも関わらず採寸されたりしたが、来店客として許容範囲内ではあった。


「そろそろ移動しようか」

「え、ヘリオスくんはまだ済んでないですよね?」

「ざっと見るだけのつもりだったから、今日はもう大丈夫」

「そうだったんですか。お時間取らせてしまってすみません」


 何だか私がメインの下見になってしまった。しかも結構長々と。申し訳なさから店内を見渡すと、洗練された美しいネイビーブルーのファンシータキシードが目に入る。


「ああいう色はどうですか?」


 紺色にありがちな黒っぽい色ではなく、かと言って派手ではない上質さが窺える青色。品の良いサファイアにも似た色は、ヘリオスくんの青い瞳にとても合っている気がした。


「似合うと思う?」

「はい、とても」


 と少し浮かれて答えた後、私はにわかに青ざめる。


 何を馴れ馴れしくほざいているんだ私は。こういうのはヒロインの役目であって、いやそれはもうないか。しかしいくら星友でも、私では駄目な役どころだろう。


 というか今更だけど、これってデートに見えてしまわないですかね?

 学園外だし、流石にヘリオスくんの好きな人も誤解してしまうんじゃ。他意も悪意もないですよ、本当です!


「ありがとう」


 途端に騒がしくなった私の脳内など知る由もなく、ヘリオスくんははにかむように笑う。


「!」


 ニジマスの主役達は全員、純粋で清らかな天使だ。


 勘ぐりまくる邪な自分に泣きたくなった瞬間だった。



 という訳で。

 ごく普通の友人同士である私達は、お待ちかねの宝飾店にやって来た。


 ここに来る前ランチにも連れていってもらったが、落ち着けて美味しくてとても良いお店だった。イケメンはお店選びも完璧だ。今度、アサヒ達とも行きたい。



 出迎えてくれた店長さんの案内で、お店の奥の応接室に通された。さっきの仕立て屋より簡素な店構えだが、清潔で整えられた様子からは質の高さが窺える。


「石に詳しいお嬢さんとは珍しいですね」

「いえあの、詳しくはないです。好きなだけで」

「そこが大事な所ですよ」


 ラファール宝飾店を営む宝石商のミハイロ・ラファールさんは、ややふっくらとした物腰柔らかな中年男性だ。宝石を扱う慣れた手つきは、その博識ぶりを期待させる。


「これなどはあまり見かけないと思いますが、如何でしょう?」


 そう言って見せられたのは、オレンジとピンクの絶妙な中間色をした宝石。


「パパラチアサファイア…!」

「この色合いが一目で分かるとは、流石ですね」


 楽しそうに頷くラファールさんに、つい「いやだって他にないでしょう」と取り乱してしまった。気持ち悪いオタクですみません。


「よく分かるね、イチノ」


 ああほら隣りでヘリオスくんが不思議そう、いや引いてるよ。

 本当申し訳ない。


 サファイアと言えば青色。その通り。でも実はサファイアは、赤以外の全ての色が存在するカラフルな宝石だ。

 そんなカラフルなサファイアの中でも、オレンジとピンクの中間色をしたものは非常に珍しい。その色味が蓮の花パパラチアと似ていることから名づけられたこれは明るく華やかで、ブルーサファイアのクールな印象を覆したものだ。どちらも素晴らしいけれど、パパラチアは滅多に出ないのがより価値を高めている。しかも目の前のパパラチアは、大きい上に透明度も彩度もピカイチだ。


「宝石って奥深いね」


 感心した様子で、パパラチアサファイアを眺めるヘリオスくん。このまま星並みにハマってくれないだろうか。カリスさん宅でも興味深そうだったし、オタクの布教心にちょっと灯がともる。


 そうしてここでも沢山の逸品を拝ませてもらい、流通の話なんかも聞かせてもらい、あっという間に時間は過ぎていった。



「では最後にこちらを」


 と言ってラファールさんが、一際豪奢な箱を開ける。


 中から顔を覗かせた宝石は、まるで最高級のコーンフラワーブルー・サファイアを思わせるような、煌めくブルー・ダイヤモンドだった。


 コーンフラワーブルー・サファイアとは、ベルベットのようと表現される上品で鮮やかな青色をしたサファイアのこと。サファイアの中で最も価値が高い色だ。


 そんな美しいサファイアの色味を持ちながら、サファイアにはない強烈な輝きを放つダイヤモンド。その名は、


「アローシャマム・ダイヤモンド」


 凄い。凄すぎる。

 まさかお目にかかれる日が来るとは。


 カリスさんすら持っていなかったレアストーンに、私はごくりと喉を鳴らす。


 これまでにお披露目された宝石と比べると相当小ぶりだが、その稀少さを思えば十分だろう。小さいだなんて全く気にさせない圧倒的な存在感は、まさしく誰もが認める宝石の王者ダイヤモンドだ。


「やはりご存知でしたか。これは当店の特級品ですよ」

「こちらのお店には、よく入荷されるんですか?」


 何しろアルファーノ伯爵領の鉱山では採れない宝石だ。カリスさんが領地外の店に来ていたのも、別の流通ルート上にある鉱物を入手する為である。そんな彼でもまだ手にしていないのが、このアローシャマム・ダイヤモンド。


「ごく稀にですね。滅多に出てきませんが、全くないという訳ではありません」

「一応、産出はあるんですね。産地は教えて頂けますか?」

「申し訳ありませんが、稀少性の高いものの産地は秘匿されておりますので」


 ですよねー。

 その鉱山に人が殺到して荒らされたら困るもんな。


 アローシャマム・ダイヤモンドは、ニジマス世界の宝石好きの憧れだ。たとえダイヤモンドが好きじゃなくても、青色が好みじゃなくても。一度は目にしてみたい、手に入れたい、そういう宝石だった。


 それにアローシャマムはその美しさから、青白く輝く星シリウスから零れ落ちたとも言われている。なんてロマンチックなんだろう。加えて私はブルーサファイアが大好きなので、最高級のサファイアの色をした宝石の絶対王者に惹かれないはずがなかった。


 産出が途切れる前に、私も自分のアローシャマムが欲しい。ラファール宝飾店で入手できると分かったならば、執筆を頑張ってお金を貯めよう。



 私は決意を新たに、お店を後にしたのだった。



 外へ出ると、もう大分陽が傾いてきていた。



「あのダイヤ欲しかった?」


 帰り道、送ってくれているヘリオスくんに話しかけられる。


「そうですね。もう少し小さくていいので、いつか指輪を作りたいです」


 そのいつかが、どれだけ先かは分からないが。


「指輪がいいの?」

「指輪ならいつでも自分の視界に入るでしょう。眺めていたいんです」

「なるほど」


 何となく手を広げて見つめると、そこは最推し色のミサンガしか飾り気がなかった。いや、最推しがいれば十分だけどね!


「イチノの手は綺麗だね」


 するとヘリオスくんが私の手を取り、指をなぞるように触れてくる。


「!? あ、ありがとうございます。あの、何か?」


 うわ、手大きいなヘリオスくん。

 じゃなくてこれは何事??


「ああ、ごめんね。何でもないよ」


 ヘリオスくんはにっこり微笑むと、するりと手を離した。


「そのミサンガも少し青みがあるね」

「ええ。分かりますか?」


 話題が移ったので、私は疑問符を浮かべながらもそれに応える。


「これは碧色という青緑色なんですよ。私の最推しの色なんです」

「最推し」

「…………えっと」


 しまった。いくら何でも気を緩ませすぎた。今更な気もするけど。


 それより「推し」という概念をどうやって説明すれば?

 そもそも私の推しは前世のアニメキャラなんだが。もう全部が説明不能だ。逃げていいですか。


「好きな人がいるって言ってたよね?」

「ええと、まあ好きな人ではあるんですが、『推し』というのはこう、応援してる人のことと言いますか、ファン心理というかそんな感じです。私のこれは私が好きな……物語の登場人物のことでして、実在しない人なんですけど」


 テンパって余計な話を追加してしまったが、一応伝わっただろうか。

 しかし、この「推し」という言葉がどこから来たのか突っ込まれたらヤバイ。


「…そうだったんだ。俺も読んでみたいな、なんて本?」

「や、あの、地元で小さい頃読んだもので、タイトルを忘れてしまって。本もどこかにいってしまったので、その、すみません」

「そっか、残念。どんな人なの?」


 結構食いつくね、ヘリオスくん!

 でも答えやすい質問で助かる。


「そうですね…。とても強くて優秀で、皆の手本となるリーダーです。懐が深くて優しい正義の人ですね」


 あと、めっちゃイケメンです!

 …とは言いづらいので、心の中で拳を握った。


「そうすると、フレイみたいな感じかな」


 フレイとは、フレイ・シルフィード王太子殿下のことだ。ヘリオスくんは殿下と幼馴染で仲が良いから、私にも時々彼の話をする。


「そんな滅相もないです。もっと体育会系っぽい…じゃなくて、ええと、騎士団の方みたいな雰囲気ですかね」


 私の最推しは、優雅と美貌の神様みたいな殿下とは系統が違うイケメンだ。


「それに推しはお気に入りの人であって、実際にお付き合いしたい人とは違いますよ。ヘリオスくんの好きな人の話も聞いていいですか?」


 あまり前世の推しアニメキャラを掘り下げられても困るので、私は矛先を相手に向けてみた。とはいえ私に言いたくはないだろうから、この話題はここで終了だ。


「俺の好きな人は」


 あれっ、話続いた?

 聞いてもよかったのか。


「基本的に一人で色んなことを楽しんで、彼女だけの世界を幾つも持ってる人。その人を見てるとね、星空を眺めてるような気分になるんだ」


 そう話すヘリオスくんは、とても優しい顔をしている。その人のことが心から大好きなんだと伝わってきて、私は思わず視線が下がった。


 私はこんなにお世話になっているのに、何も返せていない。


「あの、もしお手伝いできることがあったら、何でも言ってください。お役に立てるよう頑張りますから」


 今までなら、こんな発言自体おこがましいと卑屈になってただろうけど。ヘリオスくんは、ちゃんと私を友人だと思ってくれている。私のことだからその内またウジウジしだすかもしれないが、それでももう私は揺るがない。


 ヘリオスくんは、私の大切な友達だ。


「ありがとう。じゃあ何かあったらお願いするね」

「はい! いつでもどうぞ」


 少しきょとんとしたヘリオスくんが笑ってくれたのに安堵し、私は本日二回目の決意表明をするのだった。


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