第24話 ライバルは有名人(ケント視点)
学園の通路で一人歩くイチノさんを見かけた俺は、分かりやすく高揚していた。彼女はいつも友人達と一緒で、二人きりで話す機会がなかったからだ。ちょっと人見知りだけど話題を振れば答えてくれるし、他の令嬢のような媚びも蔑みもない。優しいし可愛いし、素敵な人だ。もっと仲良くなりたい。
俺は自分の家柄に少々劣等感があった。元は言うほどでもなかったその感情は、学園に入ってからちょっと大きくなる。
つまるところ、相対する生徒達の態度だ。この学園は誰しもが平等だという規則があるが、やはりなかなかその通りにはいかない訳で。表立ってどうこうはなくとも、身分が上の生徒からの視線が快くないことはそこそこあった。
昔から見た目は褒められたから、それを理由に近づく令嬢はいたけども。結局は振る舞いの端々に、身分の差を気にしているのが見て取れたりしていた。
そんな所へ現れたのが、イチノさんだ。
親切にしてくれる令嬢は大概、媚びた視線を向けてくるのに。彼女はそれがなかった。それどころか、最低限の会話だけでさっさと行ってしまう。その様子に驚いてつい声が漏れたが、彼女は全く無関心だったのである。侮蔑からの無視ではなく、単に用が済んだからという感じで。
気がついたら、彼女を追いかけていた。
そして現在。
俺は友人でクラスメイトの、カールハインツ・セピアと二人で食堂に来ている。今日はイチノさんの姿が見えず、リヴァーさん達には声をかけなかった。イチノさんは時々、友人の二人とは別の所でお昼休みを過ごしているらしい。
「そりゃ確実に特定の誰かのことだろ」
先日のイチノさんと王太子殿下のやり取りを聞いたカールは、さして興味もなさそうに答える。
「だよなあ」
この間、俺との会話を終えた直後に、イチノさんは平民の特例生徒に捕まっていた。あの有名人と知り合いだったのかと驚く間もなく、そばに殿下がいることに緊張する。殿下がちらりとこちらを見た気がしたが、既にイチノさんとは少し距離があったので声をかけられることはなかった。けれども様子が気になって、つい聞き耳を立ててしまう。
そうして聞こえてきた会話が、イチノさんのミサンガについて。
その話を今、カールに相談してみたのだ。殿下はイチノさんに、今付けているミサンガとは別の色を薦めていた。妙に具体的な言葉だったそれは、やはりカールにも意図した人物を指しているように聞こえたらしい。
「でも思いつくのが、目立つ一人しかいなくてさ」
つまり殿下には、イチノさんに薦めたい人がいるということ。
そしてそれは誰かと考えた時に真っ先に浮かぶのが、ヘリオス・マックスウェル伯爵令息だった。殿下と親しくて、金髪と青い瞳を持っている。
ただ彼は殿下ほどではないにしろ、とても目を引く生徒だ。国一番の魔導師である父親に次ぐ魔力の持ち主で、おまけに超美形。人当たりも良いから途方もなくモテる。
彼の印象が強すぎて、他に同じ色を持つ人が全然思いつかない。まあ殿下の交友関係を網羅している訳じゃないし、親しい人のことではないのかもしれないけど。
「その目立つ奴がシーリオさんのこと好きなのかもよ?」
「それはないだろ。婚約者がいるんだし」
「は?」
「え?」
あれ、名前を伏せたせいで対象者が伝わってない?
「お前、誰のこと言ってんの?」
「こっちの台詞だよ。俺はあそこの、殿下と飯食ってる奴のことかと思ったんだけど」
カールの視線の先を追うと、そこには殿下と食事をしているマックスウェル伯爵令息の姿があった。うん、間違ってないな。
「合ってるぞ。あの人、婚約者いるじゃん」
「いねーよ。居たこともねえだろ。もしかして妄想令嬢の戯言信じてんのか?」
「妄想令嬢?」
「アレ」
あまりいい響きではない言葉に首を傾げつつ、再びカールの指すほうへ目を向ける。
そこにいたのは、ロゼッタ・エクストレム侯爵令嬢だった。正しく、俺がマックスウェル伯爵令息の婚約者と認識している人である。しかし妄想とは一体?
「俺が思ってる婚約者は彼女だけど、違うのか?」
「何でそう思った?」
「本人がでかい声で言ってるのが聞こえたから」
「それが妄想で戯言な」
「えっ、マジで?」
あんな堂々と嘘を吐いているのか?
ちょっと信じられない。
俺が以前見かけたのはどこぞの茶髪の令嬢が、エクストレム侯爵令嬢とその友人二人と話している所だ。少々険悪な雰囲気だった気もする。その際エクストレム侯爵令嬢が、自らをマックスウェル伯爵令息の婚約者だと大きな声で言っていた。
彼女のことはよく知らないが、そばにいたエイチャン・エンプレアード子爵令嬢とサンディー・アンプロワイエ男爵令嬢なら、同じクラスなので面識はある。挨拶くらいしか喋ったことないけど、エクストレム侯爵家の令嬢と懇意なのは耳にしていた。
「みんな嘘だって知ってるけど、本人はマジだしエクストレム侯爵家を敵に回したくないしで放置してんのさ」
「あっちの本人は?」
俺は小さくマックスウェル伯爵令息を指差す。
「周りに聞かれる度に否定して終わり。大体の奴が虚言だって理解してる状況だから、わざわざ関わりたくないんだろ」
「そうだったのか…」
何だか凄いことになってるな。有名人は大変だ。
「だからフリーのあいつがシーリオさんのことを好きでも、別に何も問題ねーの」
「それはそうだろうけど、そうと決まった訳じゃないだろ」
「俺はお前の話でかなり確信持ったぜ。シーリオさん達と一緒にいる時、あいつ割とこっち気にしてるからな」
「えっ」
そんなこと知らなかった。
イチノさん達といる時は、イチノさんに話しかけることで頭がいっぱいだったから。でもカールの言う通りであれば、殿下が示したのはマックスウェル伯爵令息で多分当たっている。
ということはつまり。
「…俺、終了してる?」
「まあ誰が見てもそうだろうな」
「お前もうちょっとさあ」
「しょうがねえだろ。相手が悪い」
「それは分かるけれども!」
つい、両手で顔を覆う。
なるほど、殿下の言葉は俺に対する牽制の意味が十二分に含まれていたのか。
俺がまだそばにいるのを知っていて、マックスウェル伯爵令息の色をイチノさんに薦めた。ついでにイチノさんのミサンガを細かく褒めていたのは、厳密には俺の色とは違うってことを、暗に諭していたんじゃないかと思い至る。
要するに、勘違いするなよと。
殿下って結構辛辣だな?
そりゃイチノさんのミサンガは俺の髪と目の色に似ていて、視界に入る度に嬉しくなったけど。確か初対面の時から付けていたはずだから、俺のことじゃないのは分かっている。
って、そういえば。
「イチノさんはあのミサンガの人が好きなんだから、条件は一緒じゃん」
「つまり終わってることに変わりはない、と」
「確かに!」
一瞬浮上した俺は、結局うなだれた。
「…お前のほうはどうなんだよ」
ちょっとだけ現実逃避するついでに、イチノさんの友人を贔屓しているカールへ話題を向ける。
「あー、お前と一緒で無理。意外と人をよく見てる子だから、下心が見透かされてんだろうな」
「俺の終了を確定させんなよ。…そっか」
カールの言う下心とは、主に身分的な意味だ。リヴァーさんは可愛いし伯爵家だからとても良い、と彼が話していたことを覚えている。カールも俺と同様、家柄に対するコンプレックスがあるのだ。しかし彼はそうした己の感情をちゃんと把握している為、そういう発言があっても咎めるのは気が引けた。気持ちは分からなくもないから。
「ダンスパーティーには誘いたいなあ」
「まあ、頑張れ」
俺がぼんやりと秋の収穫祭に思いを馳せると、カールは全く他人事のように声援をくれる。どうやら友人はもうすっかり、リヴァーさんを諦めている模様だ。
俺はまだ頑張りたいと思う。
だけど、勝機を見出すのは簡単ではなかった。
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