第23話 後光が差す王子様


「イチノさん!」


 元気で明るい声が通路に響き、私は僅かに身構えて振り返った。


「こんにちは、ケントさん」


 選択授業による移動教室の途中だった為、一人きりなのが心細い。


 ケントさんとは時々皆で一緒にランチをしているけど、皆と一緒でしか話したことがない。それこそ完全な一対一は初対面以来ではないだろうか。


「こんにちは! どこ行くんですか? 今日は一人なんですか?」

「移動教室で東校舎のほうに。選択授業なので一人です」


 矢継ぎ早に聞いてくるケントさんに少々後ずさりしつつ、私は笑みを貼りつけて答えた。


 彼は良い人だ。明るくて元気で素直で好感が持てる。二人きりで話す機会がもっとあれば、いずれは慣れて仲良くなれる気はした。

 がしかし、そこに辿り着くまでの道のりが長い。慣れないうちは二人きりになんてなりたくはない為、道を進みようがないのだ。気の置けない友人というゴールは果てしなく遠い。


「そうなんですね。俺も今から外で実習ですよ」

「お疲れ様です。暑いので熱中症に…いえあの、暑さで倒れないように水分補給したりして気をつけてくださいね」

「ありがとうございます。大丈夫ですよ、俺暑いの慣れてるんで」


 ケントさんはそう言うと、熱血ヒーローな笑顔でグッと拳を握る。


 嗚呼。

 私にもっとコミュ力と語彙力があれば、熱中症の危険性を知ってもらえるのに。


 そう打ちひしがれながら私は、「それでも一応お気をつけください」と付け足した。


「それじゃあ私はこれで…」

 そうしてそそくさと場を離れたその時。


「あっ、シーリオ様!」


 可愛らしく弾んだ声に呼びかけられ、飛び上がりそうになる。


「!!!」


 この声はクリスタルさん!!!


 いや待て落ち着け、もう大丈夫なんだった。

 だからといって主役達と積極的に絡みたいとは思わないが、特別避ける必要はなくなっている。


「ごきげんよ…う…」


 小さく息を吐いて声のしたほうを振り返り、予想通りそこにいたクリスタルさんに挨拶する途中で私は固まった。


「こんにちは! 移動教室ですか?」

「君がイチノ嬢か。噂は聞いてるよ」


 輝くヒロインスマイルで寄って来るクリスタルさんのそばに、なんと王太子殿下が立っている。


「お、お初にお目にかかります、王太子殿下。シーリオ伯爵家長女のイチノでございます」


 攻略対象がどうとか言ってる場合じゃない。自国の王太子殿下を前にしているのだ。遠目で他人事のように見ていた時とは全く違う。


 真っ白になる頭を必死に働かせ、慣れないカーテシー付きの挨拶をする。


「学園では私も一生徒だからね。もっと普通にしてくれていいよ」


 私の挨拶を受け取って頷いた殿下は、しかしながらそう言ってふわりと笑う。


(王子様だーーー!!!)


 本物だ。本物の王子様だ。

 キラッキラだ。全身金色に光っている。ように見える。


 ありがとうございますと返すのが精一杯だったが、殿下は気にした様子もない。

 優しい。寛容。あらゆる意味で後光が差している人だ。


 感動しながらも自分の語彙力のなさを再び痛感する中、クリスタルさんの視線に気づき慌てて向き直る。


「今から東校舎に向かうところです。クリスタル様は?」

「私達も移動教室です。あ、そのミサンガ可愛いですね」

「えっ? あ、ありがとうございます」


 質問の回答以上の言葉が返って来るとは予想できないコミュ障、私。

 そして話題を続けるべきか、終わらせてもいいのか迷ったのも束の間。


「綺麗な青緑色だね。落ち着いたダークブラウンとも合う」

「本当だ、青みがかってますね。素敵」


 話題は主役達でナチュラルに続けられた。勿論私は入っていけず、ひたすらお礼を述べるだけである。会話らしい口をはさむ余裕などない。


「でも君には、サファイアのような青もきっとよく似合うよ。金色と合わせればとても素敵だと思うな」

「そ、そうでしょうか? ありがとうございます」


 殿下の神々しい微笑みに加えサファイアという響きに、私はつい笑みが零れる。数多の宝石の中で、サファイアの美しい青色が一番好きだったからだ。お世辞とはいえ、好きな色が似合うと言われて嬉しくない訳がない。しかも王子様に。


「私もそう思います。シーリオ様は青色はお好きですか?」

「はい、とても。一番好きです」

「そうなんですね!」


 何故かクリスタルさんは物凄く嬉しそうだ。

 純粋なその笑顔を前に、私は何度でも言おう。マジ天使。


「そろそろ行こうか、イーリス。ローズが待ってる」

「はい。シーリオ様、お忙しいところ引き止めてしまってすみませんでした」

「いいえ、とんでもないです。またお話しましょう」


 そうして私だけが目一杯の緊張を伴った、和やかな会話は終了した。



 再び東校舎に向かって歩く中、殿下が悪役令嬢のことを「ローズ」と愛おしそうに呼んだのを思い出す。ローズマリー嬢と殿下は今もずっとラブラブなんだな、と感じられて心が温まる。ニケちゃん(クルマ娘)が幸せで良かった!


 それから殿下に薦められた色が頭に浮かび、左手のミサンガを見やる。


(サファイアブルーかあ)


 今のこれは最愛の推しの色だから変える気はないけれど、青色のも作りたくなってきた。周囲のミサンガの認識を考慮すると学園内では気が引けるが、家の中や外出時なら付け替えても見咎める人はいないだろう。

 合わせる色は金色がいいって言ってたっけ。ゴールドのサファイアジュエリーのようで素敵だ。流石は殿下、センスも素晴らしい。



 模様はどうしようかと考えるこの時の私はまだ、その配色が持つであろう意味に気づいてはいなかった。


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