第22話 陰陽師の占い
その日はアサヒに、学園内の神社に行こうと誘われた。
ちょ、そこって多分恐らく絶対に攻略対象の一人がいる所だよね!?
と反射的に過ぎらせたものの、現在の私はこれまでと違って「行ってもいいかな」と考え直す余裕がある。
今までは、
うっかり乙女ゲームの恋愛模様に絡み、恨みつらみに巻き込まれないように。
色んな意味でのバトルの流れ弾に当たらないように。
ひっそりと穏やかに過ごす、という目標の為に細心の注意を払ってきた。
細心の…、うん。とにかく気をつけていた。何しろこのゲーム的に言えば、私は名もなきモブである。いつ手始めに陥れられるか分かったもんじゃないのだ。怖いよね。
しかしながら現在、ヒロイン周辺の恋愛模様は平和そのもの。ヒロインは順風満帆に騎士ルートをまい進中で、悪役令嬢とも仲が良い。平民を理由に勝手な噂は多いが、どれも主役達を混乱させるには至らない程度。既に大勝利は確定だ。
となると最早、「悪意をもって自ら主役達に体当たりする」くらいの暴挙にでなければ、モブの私は誰と遭遇したところで何事もなく過ごせる。
神様、ありがとう!
そう、神様だ。
私はほぼ毎日神社で自分とその周囲の平穏、悪役令嬢の末路の無事、シルフィード王国全体の平和も祈っている。これまでの息災のお礼も告げている。
ここで改めて乙女ゲームの舞台である学園の神社で、感謝を伝えるのもいいなと思った。学園の神社は行ったことがないから興味もある。
そんな訳で私はアサヒの誘いに乗り、学園の一角にある神社に向かうことにした。
◇
「ここにはよく来るの?」
濡れた手を拭いながらアサヒに尋ねてみる。
「うーん、人が少ない時に来るくらいかなー」
そう答えるアサヒは「気持ちいいね」と手水舎を見やった。
学園の神社は大きくはない。だが小さくもなく、鳥居に手水舎に社務所ときて、拝殿と本殿があり、しっかり砂利も敷かれている。砂利敷きの神社は少ない為、やはり学園の施設は手が込んでいるなと思った。
「ここの水、綺麗で好きなんだ」
「そっか。綺麗だよね、冷たくて気持ちいいし」
「そうそう」
水属性のアサヒは、他の属性の人より水の質に敏感だ。彼女が作り出す水は十分綺麗でしかも美味しいんだけど、この神社の水を管理している人はもっと魔力が高いということか。まあ王都の学園の神社だしな。
この世界に日本みたいな浄水場はないが、水属性による浄水魔法で同じような仕組みは存在する。上下水道も地域差はあれど概ね整っており、前世からやや潔癖症の私にとっては大変ありがたかった。
因みにシーリオ伯爵領は大きい湖がある上に父の血筋が水属性で、水関係のインフラの質はかなり高い。次期領主のニノが水属性を継いでいるのも、嬉しい限り。
さて、禊を済ませたところで拝殿へ。
二拝二拍手一拝の正しき神社参拝だ。いつも以上に感謝を述べ、いつも通りのお願いごとを伝える。今日は人が少ないようで、静かな空気が心地よかった。
(来世も日本人に生まれたいとか思ってたなあ)
懐かしい。その願いは叶わなかった訳だけど、こうして折に触れ遠い故郷を感じられるとは、不思議なものである。神様って凄いな本当。
それはともかく、もし私がヒロインに転生していたら、日本恋しさに宮司の息子さんルートをばく進していたかもしれない。
(…ん?)
参拝を終えた帰り際、ふと目を向けた社務所に「占い」の文字が見えて足が止まる。
「占い?」
おみくじならこの世界の神社にも大抵あるけれど、占いをしてくれる神社なんて聞いたことがなかった。
「あれ、今日は空いてるね」
「いつもは混んでるの?」
「うん、女の子達が沢山いるよー。三組のオーノくんがあそこで占いやってるの。よく当たるしイケメンだしで凄い人気」
「そうなんだ」
なるほどやっぱり居たか、攻略対象。そういえば陰陽師だったな。
イザナギ・オーノ。魔法属性は水。魔力は強。陰陽師。
国内随一の神宮の宮司の息子。既に神職としての仕事もしている。伯爵家。
何度攻略本を読んでも、一人だけ設定の盛られ方が半端ないと思うのは、私が元日本人だからだろうか。
日本の神様の名前を持つ神宮関係者で陰陽師。そして家名が大野。いや、オーノだけど。絶対日本人だこれ。むしろそこはもう「アベ」でいいんじゃ。
「行ってみよっか」
「えっ、興味あるの?」
ついにアサヒもイケメンに関心を向けるようになったのか。
「イチノにどんな恋人ができるか占ってもらおうよ」
「えぇ…。相手の影も形も視えなくて、占い師さんに気まずい思いさせちゃうよ」
「そんなことないよー。行こ、並んでる人いないし」
相変わらずアサヒはイケメンには興味がないようだった。
こんなに美少女なのに勿体ない。
アサヒに引きずられるようにして、私は社務所に足を踏み入れる。入れ違いにご令嬢が一人出ていったが、その他は誰もいなかった。
「ごきげんよう」
アサヒが事務員さんに声をかけて占ってほしい旨を伝え、促されるまま紙に名前やクラスなどを記入する。それからほどなくして奥から、朗らかな雰囲気の美少年が現れた。
「ごきげんよう。ようこそいらっしゃいました。お二人ご一緒で宜しいですか?」
「はい」
「どうぞ、こちらへ」
微笑んで手慣れた仕草で私達を促す彼は、輝く銀髪の三つ編みポニーテール。濃いめの水色の瞳は、とても澄んでいて綺麗だ。僅かに垂れ目気味なのが、彼の柔和さを引き立てている。
そして攻略対象たるもの、やはり比類なき美貌のイケメンだった。
予想に反し外見からは日本人要素を感じられなかったが、おもてなしという言葉が似合いそうな態度からは、日本人らしい気質が窺える。シルフィード人だけど。
神職らしく袴姿の彼に付いていくと、社務所内の小さな一室に通された。改めて挨拶を交わし、お茶を出され、初訪問の私達は占いの説明を受ける。
曰く、占い結果は絶対のものではないこと。
一人一日一回までで、時間制限を設けていること。
占う内容と結果などの情報は控えさせてもらうが、他言無用なので安心して欲しいこと。
占いたい事柄については、話せる範囲でいいので詳しく教えて欲しいこと。
「では、どのようなことを占いましょうか」
「彼女にどんな恋人ができるか知りたいんです」
「シーリオ様にですね」
「…よろしくお願いします」
ああ、気まずい。
前世にも現世にも来世にも恋人なんぞいる訳がないコミュ障オタクが、浮かれた質問してすみません。私も直近の未来なら視えるぞ。穏やかな笑顔のイケメン陰陽師が、どう取り繕って私を慰めようか困り果てる姿が。
そんなことを考えて半目になりつつオーノくんの質問に答えていると、彼はそれを聞きながら本を捲り、何やら五芒星の書かれた紙にメモをしている。その紙にメモ書きが増える様子を眺め、私は意外とアナログなんだなと思った。
前世で実在した陰陽師も超能力があった訳ではないらしいから、この世界でもこういうものなんだろう。
…なんて思っていたのに。
メモを書き終わったオーノくんはそれを一瞥すると、紙上の五芒星に手をかざして目を閉じる。するとどういう訳か、その手と五芒星がぽうっと光るではないか。
「「!?」」
私達は驚いてそれを凝視した。
これは魔法ではない、と何故だか直感する。
光はすぐに消え、目を開けたオーノくんは別の紙にまた何かを書き始めた。
「お待たせしました。結果をご報告いたします」
「あっハイ」
アナログから突然ファンタジーに移行した状況に付いていけず、私は間の抜けた返事をする。
「強く綺麗な光を放つ星が視えました。暖かい太陽のような印象も受けますね」
「「???」」
「シーリオ様の恋人になる方は相当な魔力の持ち主です。輝きがとても強いので、彼に心惹かれる方は多いでしょう。澄んだ光はとても優しく感じました。シーリオ様のことを大事にしてくださる方だと思います」
オーノくんはそう言うと、私ににっこりと微笑んだ。
「……あ、ありがとう、ございました」
その麗しい姿と占い結果の意外さが相俟って、私は片言じみたお礼を述べる。隣りから「良かったね」というアサヒの嬉しそうな声が聞こえると、やっと意識が目の前に戻った気がした。
「さっき光ったのは魔法ですか?」
「いいえ、代々伝わる陰陽師としての力です。原理は秘密です」
「へえー、凄いですねー」
ナイスな質問だ、アサヒ。やっぱりあれは魔法じゃなかったのか。
占い結果の衝撃から大分回復した私は、胸中でガッツポーズする。
何だか物凄く将来に希望が持てそうなことを言われたが、占いは絶対ではない。私はごく普通…よりは陰気でコミュ障なだけの、ありふれたモブだ。魔力が高くて優しい人気者? なんていう攻略対象みたいな人が、恋人になってくれる訳がないのである。
そんなことより。
「彼女のほうも、占ってくれませんか?」
「私はいいよー」
「いいじゃない、折角だし。まだ時間ありますか?」
「時間は二人分取ってますので、大丈夫ですよ。どうなさいますか?」
「うーん…。それじゃあ、お願いします」
「承りました」
やった。眼前の超絶イケメンにも反応を示さない友人アサヒが、一体どんな人と恋人になるのか私も気になる。占いは絶対ではないけど聞いてみたい。
そうして私の時と同じ手順をたどり、オーノくんは結果を教えてくれた。
「清らかな水が、ペガサスをかたどって羽ばたく様子が視えました。清浄な空間です」
「と仰いますと…?」
「リヴァー様の恋人になる方は、清らかな場所に好かれる純粋な方です。水属性で魔力も高いですね。何より相性がとても良いと感じました。リヴァー様はペガサスを飼っていらっしゃいますか?」
「! はい。本邸のほうに二頭います」
「えっ、そうなの!?」
私は思わず声を上げた。
ニジマス世界には、ペガサスがモンスターとして存在する。魔法属性は水。姿は前世でのペガサスの通りで、背に乗ることができる。ただし、警戒心が強く気性の激しいペガサスに認められた者のみだ。
飼育認可のあるペガサスだが、その稀少性と手懐けることの難しさ故に飼っている人はとても少ない。
「うん。びっくりさせようと思って黙ってたんだけどね」
アサヒ曰く、騎士団所属の姉の予定と調整が取れたら、彼女と一緒にペガサスを紹介してくれるつもりだったらしい。しかし騎士団の姉は忙しく、なかなか都合がつかないまま現在に至ると。
(それなら私も…)
彼女に聞いてほしいことがあった。
言おう言おうと思いつつタイミングが掴めなかったが、今日こそ話をしよう。
フォロスキャットのレグルスのこと。
それから、シーリオ伯爵家にもペガサスがいることを。
「リヴァー様の恋人になる方も、ペガサスを飼っていますよ」
「「えっ」」
そうして息もピッタリに声をハモらせた私達の、衝撃的な占い体験は幕を閉じた。
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