第21話 星空の縁(ヘリオス視点)


 天気のいい夜は、よく高いところで星を見ている。

 自分が光属性であるせいなのか、星の光を浴びていると心地よかった。


 夜の静かな世界に燦然と輝く星々は、ともすれば昼間の太陽よりも力強いと感じる。星の光の色が青かったり赤かったり様々なのは、何かそれぞれの役割があるのだろうか。


 ぼんやりと、そんなことを考えながら過ごす時間が好きだった。



 場所は特に決めていなくて気分次第。その日はたまたま、魔法学園の校舎の屋上にした。日中は生徒達に人気の憩いの場だ。植えられた樹々は、丁度目隠しになるようなものもある。別に誰もいやしないが、何となく樹に隠れたベンチを選んで寝転んだ。いつにも増して光る星々に、今日は快晴だなと目を細める。


 その時、不意に強い魔力が出現したのを感じた。


「!」

 これは風属性か。相当強い。


 その魔力の高さにスッと緊張が走り、そっと起き上がって息を潜める。闇夜に目を凝らしてソレがいる方向を見やると、そこには猫のようなモンスターと一人の少女がいた。


(あれは…まさかフォロスキャット?)


 魔法の風で創られていたとみえる乗り物が消え、風に乗って「にゃー」と鳴く声が聞こえてくる。実物を見たことは一度もなかったが、魔法を使っていた様子から察するに、稀少種モンスターのフォロスキャットだろう。肌に感じる魔力量からしても間違いない。


 そばにいる少女は恐らく、フォロスキャットの主だ。

 飼育が許可されているモンスターだが、実際に飼っている人がいるとは。


 少女がぐるりと周囲を見回したので、樹とベンチに更に深く身を隠す。あのモンスターに危険性はないから出ていっても良かったが、こんな時間に人知れずやって来る少女に興味が湧いた。何をするつもりなのだろう。


 そうして動向を窺っていると、少女はベンチに腰を下ろして何かを飲み始めた。


 あれは水筒…だから、お茶かな?

 リラックスしているようだし、温かそうだ。吐く息が少し白い。

 それから何か紙のようなものを取り出して、頭上に掲げている。

 円形の紙…もしかして天体図だろうか。まさか彼女も星を見に来た?


 そう思った瞬間、少女の「きれーい」という喜びに溢れた声が聞こえた。


 天を仰ぐ少女は夜空に手を伸ばし、星を触るように指を動かしている。

 星々の光に照らされたその楽しそうな横顔は、きらきらと輝いていた。


(俺と一緒か)


 その姿にふっと笑みが零れる。

 可愛いな、と思った。


 彼女はその後も荷物を探り、何らかの魔法を使った。どんな魔法か読もうとしたけど複雑で、とりあえず何かに熱を持たせたことしか分からず。首を捻っていると、今度は小さな物を頬張っている。あんまり美味しそうに食べているので、俺もちょっと腹が減ってきた。何食べてるんだろう。


 静かな夜に星を眺める者同士の親近感もあったけど、それ以上に世界を引き込んでいく姿に惹かれる。単に夜空の下に居ただけの俺と違い、彼女は広い星空を自分のものとしているように見えた。



 あの子の世界を、もっと見ていたかった。



 少女はエイヴァン魔法学園の一年生と突き止める。そして実際に会った彼女、イチノ・シーリオ伯爵令嬢は、想像よりも遥かに広い世界を持っていた。その見解や創造力は、これまでの常識を軽く飛び越える。


 例えば星の色がそれぞれ違うのは、各々の星の熱さが違うからだそうだ。それによって光の波長が異なるので、違う色に見えるという。光の波長とは何かと尋ねたが、そこは曖昧にかわされてしまった。


 それから屋上で使っていた魔法は、食べ物を温める魔法だったらしい。それとなく話を誘導して聞き出したんだけど、何でも「食品中の水分を温めることにより食品全体を温める」のだそうだ。そんなこと、誰も思いつかないだろう。魔法特許が取れるよと勧めたら、これには興味が湧いたようだった。


 でもイチノは基本的に、こうした見識を披露したがらない。星の件など確認する術がないから只の想像だ、とは彼女の弁である。

 たとえ確証が得られなくても、俺にはれっきとした事実の知識であるように思えるんだけどな。これは言うなれば勘だ。



 ところで何故イチノの居場所を見つけられたのかと言うと、こっそり探索魔法を使ったからだ。忍ぶ理由は、探索魔法に限らず他人に無闇に干渉したり、一個人を侵害するような魔法の使い方は禁止されている為。


 反省はしている。

 今は行き先の見当がつくようになったので、魔法に頼ってはいない。


 それにこの件は父アイテルに感づかれ、お𠮟りを受けたりもした。父曰く、「緊急時じゃあるまいし、惚れた女の居場所くらいてめえの足で探せ」とのこと。

 そんな父はこの国で最も高い魔力を持つ魔導師と言われ、魔法省の大臣を務めている。とてもそうとは思えない「街の気安いお兄さん」的な風貌と口調だが、父と関わる人達は今更なので誰も気にしてはいない。国王陛下さえも。


 因みに学園の校舎に不法侵入みたいなやつは、基本的にお咎めなしだ。何故ならそうした類いのことは、父も昔からよくやっているからである。

 父はとても自由な人だった。



 それはさておき、イチノは多才でもあった。この国では見たこともないお菓子を作ったり、物語を書いたりしている。


 以前屋上で食べていたものは大判焼きと言うらしく、偶然お裾分けしてもらった時はちょっと感動した。言うまでもなく美味しい。

 気づけばイチノは、俺の分のおやつを用意してくれるようになった。何だか催促したみたいで申し訳なかったが、美味しいので彼女の元へ行ける日がますます楽しみになっている。


 親友のフレイにだけはイチノの話を詳しくしている為、街で人気のお菓子を悠々と食べられることを羨ましがられた。王太子殿下である彼は甘いものが好きなんだけど、どうもそういった物が体に響きやすい。つまり太りやすい体質だった。


 別に気にしなくていいと思うんだが、婚約者に嫌われたくないらしい。何を言うのか、あのローズマリー嬢がそんなことで心変わりする訳ないだろう。惚気だったら目の前に饅頭を積み上げてやるのに、しかし彼は至って真面目なので饅頭は俺が食べることにする。



 そしてイチノの書いた本が話題になっているのは、著者名を覚える程度には知っていた。休み時間に読んでいる人の姿だって何度も目にしている。流石にその作者がイチノとは思わず未読だったのだけれども、手に取ってみると彼女の世界の広さをより一層感じられた。


 女性に人気なのは圧倒的に「レインボー・ファミリー」で、どの登場人物が好きかと話す声が聞こえてきたりする。俺はと言うと、空飛ぶ船で星々を旅行する物語がお気に入りだ。月に兎がいるとか、可愛らしくて心が和む。たまに変な異星人に会ってちょっと緊迫するのも面白かった。



 イチノはあまり知り合いを作らず、単独を好んでいる。一人でいる時ののびのびとした姿は、俺がまず惹かれたところだ。しかし彼女の心には寂しさがある。それに気づけたのは偶然だったけど、もっと彼女のことが愛おしくなり、そして傍に居たくなった。


 色んなことを楽しむ姿も。豊かな才能も。

 人と関わるのが苦手な所も。それでいて寂しがりな所も。

 おやつを食べる幸せそうな顔も。優しい所も。知識の深さも。他にも沢山。

 どんな所もみんな好きだ。


 だから、誰よりもイチノに必要とされたい。

 そう、左腕に巻く星に願う。



 彼女のミサンガの相手はとても気になるが、全く同じ色合いを持つ人は見つからず、特定には至っていない。たまにイチノ達と一緒にランチをしている男子が似た色をしてるけど、色彩に対して拘りが強いイチノが「似た色」で済ますことはないだろう。


 それと何故か俺がイーリスを慕っていると思われていた件は、俺のイチノ色のミサンガにより誤解が解けたようで安堵している。イーリスは魔法を教えることになった光属性の子で、俺やフレイ、ローズマリー嬢の友人だ。何よりイーリスは護衛騎士のアキレウスと恋仲なので、その話をそれとなくイチノにしてみようか検討中である。



 そして、どんなこととも関係なく。

 このミサンガに込めた想いは、いずれちゃんと言葉にして伝えるから。

 どうかそれまで、待っていてほしい。


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