第19話 副業について


「はあ、綺麗…」


 先日手に入れたユークレースの原石を眺め、私はうっとりと息を吐いた。

 いつまでも眺めていられる美しい青色は、ユークレース特有の爽やかさがある。


「んふふ、やっぱりストレートヘアかな」


 この原石からイメージする言葉などをノートに書き連ね、ちょっとしたキャラのラフ画なんかも描いていく。


 今日は図書室に来ていた。いつもの席で何をしているかと言うと、現在執筆している小説のネタ作り。かねてから言っていた私の副業及び収入源だ。不定期連載中の小説に、新しく登場するキャラの構想を練っている。主人公達の年齢が変わらないループ系ほのぼのストーリーなんだけど、平和なシルフィード王国では、そうした和やかさが人気を博していた。


 そう、執筆活動は大成功していたのである。


 執筆開始時は学園入学前で時間があり、物語を沢山書くことができた。つい前世の感覚で書いて現世的にはファンタジー作品が多くなったが、この国ではこれまでリアリティー重視の小説ばかりだった為、衝撃とともに多大な評価を得る。

 不定期連載が載る雑誌は、全国の書店に置かれるようになっていた。単独の過去作品も並べてもらえている。


「次の主役はゴマちゃんがいいなあ」


 今連載しているのは、「レインボー・ファミリー」というタイトルの物語。


 学園に通う間は勉強中心にしなければならないし、乙女ゲームのこともある。それらを考慮し現在の執筆は、入学前から書いていたこのシリーズのみに絞っていた。


 レインボー・ファミリーは一つの屋敷をシェアハウスする、六人の男の子の日常話。しっかり者のイチョウ、穏やかで優しいニワトコ、ムードメーカーのミモザ、一匹狼のシュロ、天然っ子のゴマギ、引っ込み思案のムク。十人十色なイケメン達が繰り広げる、ごく普通のほのぼのコメディだ。

 ただ、登場人物をイケメンにしているからか、女性を中心に推しメン議論が白熱しているとか何とか。私としてはありがたい限りである。


「ゴマちゃんの昔の友達…いや、すれ違った人? うーん…」


 綺麗な石からイメージしたキャラをどうメインキャラ達と絡ませようか。人気がないのをいいことにぶつぶつと呟きながら、アイデアをメモしていく。


「…エマ・ミノル先生?」

「はい?」


 筆名を呼ばれて顔を上げた私は、手にした手紙の宛名からこちらに視線を移したヘリオスくんと目が合った。


「…………」


 多分、数秒は固まっていたと思う。

 小説について考えていた為、筆名を呼ばれることに違和感がなかった。更に机上にはメモやら資料やら、ラフ画なんてものも散っている。そしてヘリオスくんが手にしている手紙は、出版社からの「連載を定期に変更できないか」という打診の手紙だった。まだ返事を迷っていたので、読み返す為に出しっ放しにしていたのである。


「君が書いてたんだ。さっき丁度、クラスの子が本の話をしてたよ」

「え、いや、えっと……そう、なんですか」


 正面に腰掛けるヘリオスくんは至って平常だが、私は熱いやら寒いやらで気が遠くなりそうだった。執筆について知っているのはニノだけで、両親すら知らない。成人向けは書いてないし、学園は稼業禁止ではないからバレても問題はないけれど、「これをあの人が」という視線を受けるのが心底嫌だった。


「なんて言ってたか聞きたい?」

「結構です」


 感想は聞きたいが、執筆がバレた相手の口から聞くのは苦痛だ。

 私は固い声で吐き出すように即答する。


「分かった。勝手に触ってごめんね」

 ヘリオスくんは短く応えると、出版社からの手紙をこちらに向けて置いた。


「いいえ。あの、申し訳ありませんが、」

「ああ、誰にも言わないよ。大丈夫」

「ありがとうございます。あの、えっと、それから…」

「俺は本、読まないほうがいいかな?」


 どうしてこの人はこう、私が思っていることを当てられるのだろう。

 知り合いに著者と知られて読まれるのは、見ず知らずの他人よりも色々と勘ぐってしまってしんどい。家族であり、今まで何でも相談してきたニノは例外中の例外だ。


 でも、と思う。

 ヘリオスくんなら平気かもしれない。


 何故かそう感じた私は、するりと言葉が零れていく。


「いえ、それは…構わないんですけど。内容について触れないで欲しいと言いますか、スルーし…えっと、話題にしないで頂きたいと言うか」


 とはいえ妥協案じみたお願いをしてしまうのは、そうそう変えられない性か。


「じゃあ君に著書の話はしないって約束するから、俺も読ませてもらうね」

「はい。ありがとうございます。すみません、お気を遣わせて」


 縮こまって頭を下げるも、ヘリオスくんはいつも通りの笑顔で。

 その繊細な心遣いに、緊張が解されていくのが分かる。


「その仕事について聞くのは構わない?」

「あ、はい。どうぞ」


 先ほどの己の刺々しさを後ろめたく思いながら、私は控えめに微笑んでヘリオスくんの質問に答えていった。



 傍らでは美しい青のユークレースが、光を反射してキラリと輝いている。


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