第18話 ヒロインと騎士


 結果報告。


 宝石及び鉱物に詳しい美少年は、やはりエイヴァン魔法学園の生徒だった。

 彼は二年生で名はカリス・アルファーノ。伯爵家で領地に鉱山をいくつも持ち、特産品はそこから採れる金や銀、そして宝石だそうだ。家業の関係で幼い頃から鉱物に親しんできた故に、それらの知識が蓄えられたとのこと。


 だがそれ以上に彼は生粋の鉱物マニアで、なんと自ら鉱山に採掘に行くこともあるらしい。領主のご子息だし鉱山の現場は危険なのではと思ったが、そこは魔法が使える貴族。自力で身を守ることはできると彼は言った。因みに土属性。


 そうして宝石に関わる様々なことを教えてもらったりしていたら、あっという間に時間が過ぎていった。

 別れ際、屋敷に鉱物コレクションを見に来ないかと誘われたが、流石に貴族様のお宅訪問は敷居が高すぎて言葉を濁す。私の家も一応、貴族の宅だけど。


 とはいえはっきり断らなかったのは勿論、コレクション見たさに後ろ髪を引かれたからである。しかし社交的なことから逃げまくっているせいで、よそ様の家での過ごし方なんて分かるはずもない。せめて他に誰か一緒だったら。


「アサヒか、ネフェリンか…」


 家まで送るというカリスさんの申し出を必死に辞退し、まだ陽が出ている街を悩みながら歩く。


 友人達に宝石趣味のことは言ってないから、誘うにはそこがネックだ。だが他に誘えるような知り合いがいない。こういった場面ではいつも弟が付き添ってくれたものだが、彼は遥か彼方のシーリオ伯爵領にいる。


(ヘリオスくん…、いや無理か)


 いつの間にかヘリオスくんとは、随分親しくさせてもらっている。でもそれは友人の少ない私から見た限りであって、彼から見れば友人レベルは別に高くはないだろう。そんな程度の私があろうことか、自分の都合の為だけに見知らぬ貴族の家に誘うとか。あり得ない。何より彼は乙女ゲームの攻略対象だ。自らゲームに巻き込まれにいってどうする。


 …とは言うものの。

 ヘリオスくんにはヒロイン以外の好きな人がいるようだし、今まで何事もなかった。彼はゲームの中心から離れている、と思うことは多い。

 しかしゲーム的なことを抜きにしたところで、友人レベルは変わらない訳で。


(ニノに手紙書こうかなあ)


 王都への往復をレグルスに乗せてもらえば、ニノの予定を半日ほど空けてもらうだけで済むのだ。やはり弟に頼むのが一番いいだろう。身内であるが故の安心感もある。


 そうと決まれば早く帰って手紙を書こう。

 よし、と胸中で頷いたその時。


「アキくん、ローズマリー様はこういうの好きかな?」


 前方から聞き覚えのある可愛らしい声がした。


(……!!!)


 あの鮮やかなピンク色の長い髪の美少女は、まさか。

 …なんて、ナレーション風台詞をほざいている場合じゃない。


 クリスタルさんだ。

 この乙女ゲーム「ニジマス」世界のヒロイン、イーリス・クリスタルさんだ。


 うん、結局説明してしまった。

 オタクあるあるの脳内ドラマを展開しつつ、私は慌てて脇道に身を隠す。


 とあるお店の前に立ち、クリスタルさんはリラックスした様子で隣りにいる男の子に話しかけている。濃い茶色のミディアムヘア、綺麗なルビーレッドの瞳。大きな瞳だが鋭い眼差しの美少年だ。ピリリとした雰囲気は、まるで軍人のように見える。


 あれが攻略対象の一人、アキくんことアキレウス・エーレンシュタインか。

 騎士であることを思えばあの佇まいも納得だが、乙女ゲームの騎士キャラクターというより、ミリタリー系のアニメに出てきそうな感じだ。こんなゆるゆる設定のニジマス世界にいて大丈夫なのかと、心配になる風貌である。


「ローズマリーの趣味は俺のあずかり知るところではない」

「そっかあ」


 ピシッと背筋を伸ばしてキビキビ答えるエーレンシュタインくんに、クリスタルさんは悩む仕草を見せた。真顔のままちょっと冷たい言葉に聞こえたけれど、彼女は気にしていないようだ。いつもあんな風なのだろうか。


「だがイーリス。君が選んだものであれば、どんなものでも喜ぶと思う」

「本当?」

「勿論だ」

「じゃあ私、これいいなって思ったんだけど、どうかな?」

「いいと思う」


 頷くエーレンシュタインくんは相変わらず無表情。しかしクリスタルさんは、花がほころぶように笑った。何とも嬉しそうなその姿はまさにヒロイン。背景に沢山の花を背負って見える、正真正銘の天使だ。


 何の反応もないエーレンシュタインくんは、仙人か何かなのか?

 いや待て、エー…長いので私もアキくんと呼ぼう。アキくんは物凄く分かりづらいけど、ほんの少し目元が緩んでいる気がする。そうだよね、君の隣りにいる子は天使だもんね。


(あっ!)


 クリスタルさんがお店のものを手に取った時、その手首が見えて私は思わず胸中で声を上げた。クリスタルさんの左手首に、アキくん色のミサンガが巻かれていたのである。急いでアキくんの腕も見てみると。


(うわ)

 あった。

 まごうことなき純ピンクとコバルトグリーンの二色。


 君、そんな無表情の癖に大胆だな!


 つまり、確定だ。

 この二人が瘴気の魔女ミアズママギサに、ラブラブアタック(仮)をかます。


 そうだろうとは予想していたが、はっきりとそれが見えて何だか感慨深い。

 となれば、あとはローズマリー嬢の行方だ。以前のクリスタルさんの様子、今の二人の会話から察するに、クリスタルさんとローズマリー嬢の仲は良好。このままローズマリー嬢が負の感情を膨らませず、無事にバトルを切り抜けてくれれば嬉しい。


 そこまで思い至った所で、私は静かに踵を返す。あの感じなら多少行き違いがあったとしても、ヒロインと悪役令嬢の仲が裂かれる可能性は限りなく低いだろう。



 たとえクリスタルさんが選んだローズマリー嬢へのプレゼントが、リアルな蟹の置き物だったとしても。




 蟹ってキャンサーって言うんだけど、癌って意味もあるんだよね。

 蟹座の人は泣いていいと思うんだ。


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