第17話 宝石趣味


 私は宝石が好きだ。

 こう言うと金遣いが荒いまさに貴族なイメージが浮かぶが、そうではない。


 その他の趣味と同じく自分の小遣いでやり繰りし、買える程度の大きさと質のものを集めてニマニマする。磨かれていない原石にも惹かれる、いわゆる鉱物オタクだ。これも前世からの趣味である。


 掘りつくされて鉱山がどんどん閉山され、小さくて低品質なものがとんでもない値段になっていった前世。それを思うと、ここは本当に素晴らしい世界だ。

 ニジマス世界では宝石達が、大きく高品質な状態で出回っている。そりゃあ大きさと質に見合った高価格だけれども、「極小サイズで気が遠くなるお値段」なんてことはなかった。


 しかも前世にあった宝石が、大体そのまんま存在する。ダイヤモンドをはじめ、世界四大宝石などの有名どころは勿論、前世でレアストーンとされたベニトアイトやコーネルピン、グランディディエライトなんかもあった。ニジマス世界でもそれらは稀少宝石だったけど、前世のレアっぷりを思えば言うほどでもない。


 加えて今の私には副業収入が結構あった。前にも言ったが、領地特産品となったお菓子関係の利益ではない。ニノは何割かをくれると申し出てくれたけど、副業が思っていたより稼げたので断った。表向きはほとんど手伝ってないことになってるし、何よりニノの協力がなければ和菓子事業はこんなに大きくできなかったのだ。


 で。その副業収入を基本的には、学園卒業後に一人でのんびり暮らす為に貯めているんだけど、多少は趣味にだって使いたい。という訳で気に入った宝石があった時は、ちょいちょい奮発している。決して使いすぎてなんかいない。



 そんな感じで休日の今日は街に出て、鉱物も置いてある雑貨屋に来ていた。


「こ、これは…!」


 そして目にしたのは、カラーレスの中に美しい青が入ったユークレースの原石。


「ふわああ…」

 なんと美しく深く、それでいて澄んだ青色。


 気取らない雑貨屋の一角にホイッと置かれているのは、カラーレスの部分が多めでやや透明度が低いせいだろう。そうは言っても十分透明だし、何より青い部分の魅力が半端ない。青色は大好きだ。


 値段もこの質にしては、なかなかのお買い得。多少は見る目も持っているつもりである。劈開に添って入るライン、ユークレースらしい真っ青な色。偽物ではないだろう。


 これは「買い」だ!!!


 手に取り眺め回していた原石から顔を上げ、店員さんは何処だろうと振り返る。


 と、その時。


「いい眼をお持ちだね、お嬢さん」

「!?」


 いつの間にかすぐそばに立っていた男の子に声をかけられた。

 石に集中していて全く気づかず、驚いた体が跳ね上がる。


「あぁ、ごめん。驚かせてしまって。落としたら割れてしまう所だったね。申し訳ない」

「い、いえ、大丈夫です」

「それ、僕もさっき見ていていいなと思ったんだ。どうしようか迷って今日はやめておくことにしたんだけど、正解だったみたいだね」


 そう言ってウェーブがかったピスタチオグリーンの髪の彼は、綺麗な紫色の瞳を細めて微笑んだ。上品で落ち着いた雰囲気、一瞬女性かと見間違えるような白く美しい顔。エイヴァン魔法学園に在籍していそうな美少年である。


「え…?」

 だが今はそこは気にならなかった。


 ユークレースの割れやすさを知っているこの彼は、恐らく石に詳しい。そんな彼が多少なりとも欲しいと思った石を、選ばなくて良かったとはどういうことだろう。

 まあ、「やっぱり欲しくなったから譲れ」と言われてもあげないが。オタクは趣味に関してはコミュ障すらはねのける。


「石は主を選ぶんだよ。たとえ一時的に違う人の所に行ったとしても、必ず最後は主と決めた人の元へ辿り着くんだ。その子は君を待っていたのさ」


 少し年上にも見える男の子は、楽しそうにそう言うと言葉を続けた。


「ねえ君、いま時間あるかい? 良かったら石について語り合わないか。この近くに紅茶の美味しい店があるんだ」

「えっ、いや、えっと…」


 身なりと佇まいから察するに彼は十中八九、貴族だろう。とはいえ普段引きこもりの私には、こういう場合どうすればいいのかさっぱり分からない。知らない人に付いて行ってはいけない、という前世での教訓を思い出す。


 しかし「石について語る」という部分に、物凄く惹かれている自分もいる。前世では鉱物店の店長さんのうんちくを聞くのが好きだったが、現世でそうした相手はいなかった。でもこの人ならきっと、私なんかよりずっと豊富な石の知識を持ってる。それを聞いてみたい好奇心がうずく。


 私は視線を逸らして少し考え、意を決して彼のアメジストを思わせる紫の瞳を見やった。


「はい、あの、是非。お話させてください」


 私の返事に満足そうに頷く彼は、さりとて威圧的な態度ではない。友好さの中にも品があり、とてもスマートな印象を受ける。


 私が急いでユークレースの会計を済ませてくる旨を伝えると、


「慌てないで。石を落とさないようにね」


 と、優しい瞳で彼は微笑んだ。


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